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○天草一揆夜討の事

卷之十九 第9話 · 段落 1 · NDL 1078984 304コマ L

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天草の一揆を圍み攻めらるゝに、城中粮米旣に乏しくなれば、夜討して米を取らん、と本田但馬が謀にて、先諫早口の塀の外の水を汲ませける時、鐵炮を並べて寄手に見せたり。斯くする事三度に及びて、後には漸々に遲く夜に入つて汲ませけり。是は夜討に出づる時の鐵炮の火を見咎めさせじとの事なり。其後每夜塀裏にて、切支丹の唱事天帝といふ事を數千人一同に喚く。是も夜討に出づる時の物音を紛らはさんとの謀なり。斯くて寬永十五年二月二十一日の夜、五百人をもて黑田忠之の陣所に押寄せ、二陣の兵二千人を二手に分ち、繩襷して額にはくるすを鉢卷にして、相辭は丸か丸と定め、首な取りそ。食物を取り來るを、第一の功名にせん、と下知し、諫早口より出て、出廓の側なる有江口に退き入るべしと定め、陣屋を燒かん爲に檜の木を削りかけにして腰に差させ、丑の刻ばかり月も朧に暗かりしを使に、黑田の陣所に押寄せ、同時に閧の聲を上ぐれば、城中にも閧の聲を合す。士大將黑田監物仕寄際に有りて、父子共に面も振らず支へ戰ひしが、流れ矢に中りて討死しければ、從兵四十三人枕を並べて討たれけり。一揆大に勇み進みしかども、黑田美作入道睡鷗物師にて、柵壕きりの守り堅くためらふ中に、黑田市正高政鎗を提げ出會ひ、二三人突伏せ小姓に首取らせ、市正此處に有り、一足も引くな。穢き振舞せば、軍神も照覽あれ。斬つて捨つるぞ、と呼はる聲を一揆聞きて、爰は破り難し、とて寺澤兵庫頭忠高の陣所に進み行く。三宅藤右衞門支へ戰ひ痛手負ひたり。一揆又鍋島勝重の陣所の井樓に火を懸けたりしに、松平信綱より夜廻りの士岩上覺之介、尼子八郞兵衞、紀州の使者山中作右衞門と打連れて來りしが、山中は銀の冑にて十文字の鎗を持ち散々に相戰ふ。鍋島の軍兵馳集り入れたてじと防ぎけるに、竹把に火燃え附きて白日の如く、一揆叶はで引返す時、四郞矢倉に有りて勝閧をつくらせ、夫より城中靜りけり。其後水野日向守勝成島原に著陣し、黑田睡鷗に夜討の有樣語らせ聞きて、昔より四方を固く取り卷かれ、竹把を附け、柵の木二重三重に結ひたる寄手の陣に討つて出たる事を聞かず。古今無雙の武略をしたる一揆なり。されども一揆を一等超えて働かんは我士卒なり、と云はれたり。