常山紀談本文データベース

目次 › 卷之七 › e173

○東照宮聚樂にて秀吉公に御對面の事

卷之七 第5話 · 段落 3 · NDL 1078984 139コマ R

人物地名家(氏)官職日付索引へ

淺野彈正長政、彼羽織を御所望候へかし、と私語きければ、東照宮、漫に人の物を貰ひたる事無し、と仰せあり。長政又、御所望候ひなば秀吉大に悅ばれ候べし。素此羽織は物具の上に著んとの設なれば、一旦は辭し申されんを、强ひて乞得させられなば、秀吉何事の悅か是に增るべき、と强ひ申せば、東照宮止事を得ずして許容まし〱けり。偖聚樂の城門にて毛利、浮田を始め居並びて拜謁し、さて茶を奉りて後、東照宮彼羽織の事を仰せ出されしかば、秀吉悅びて手づから著せ奉り、扨大名に向ひ、我に物具させまじとの事ならずや。誠に天の冥加に叶ひたる秀吉なり、とぞ語られける。東照宮歸らせ給ひて後、長臣達に聚樂の事ども御物語り有りける時、吾に羽織を贈りて後、秀吉吾に物具させまじきとの志なりと諸大名に向ひて云はれしは、斯る後は爭か秀吉の鉾先に向ふべきと中國西國に語り次ぎ言ひ次いで、普く世人の口に有るべし。筑紫の末までも聞えなん。是天下の大名に威を示すの謀畧なり。其遠大の謀輒く測る可きに非ず。力を以て是を推さんとするとも及び難き秀吉なり。去れども吾志す所は別に有り、とぞ仰せありける。