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西国
本文表記 西國
毛利元就嚴島合戰附盲人間者の事 卷之一 · 1
- p01…。討取る所の首四千七百八十餘、生捕八百五十餘人とかや。是より西國元就に靡き從ひけり。…
遠藤喜三郞三村家親を打つ事竝備前明禪寺合戰の事 卷之二 · 1
- p03…を賴られしかば、信長元親の許へ使を以て、此の度將軍に黨せず、西國の通路を塞ぎ織田家に忠を致さば、軈て信長師を出し中國を討平げ…
秀吉勝賴の滅亡を惜まれし事 卷之五 · 1
- p01…信長甲州に攻め入られし比、秀吉は筑前守とて、西國毛利家に向ひて、甲州の軍に從はず。勝賴死して甲州平均なりと言…
秀吉西國の米を買はれし事 卷之五 · 1
- p01…秀吉備中に陣して、毛利と和平せん事を計り、密に手段を運し、西國の米を價を貴く買はれしかば、城米を出して賣る者多し。小早川隆…
東照宮聚樂にて秀吉公に御對面の事 卷之七 · 1
- p03…名に向ひて云はれしは、斯る後は爭か秀吉の鉾先に向ふべきと中國西國に語り次ぎ言ひ次いで、普く世人の口に有るべし。筑紫の末までも…
石田三成直江兼續密謀の事 卷之十一 · 1
- p01…。然らば吾景勝に謀りて旗を揚げ、我先陣して師を出すべし。其時西國の諸將達を談ひ押寄せて、關東を討亡す可きよ、と細々と相謀り、…
東照宮花房助兵衞に起請文を書けと仰せられし事 卷之十二 · 2
東照宮小山の途中にて竹を伐らせられし事 卷之十二 · 1
- p01…む心有る故、景勝を侮らせ給ふの機を示させ給ひしにや。然る處に西國、中國一同に御敵なり、と言ひ振らし、小山より引返させ給ふ時、…
細川忠興の北の方義死の事 卷之十四 · 1
- p01…懷に匕首を用意せられけり。此より秀吉の惡行は止みてけり。石田西國の諸將を談ひて兵を起す時、諸大名の北の方を大坂城中に取入れん…
安養寺門齋三成を生捕らんとせし事附姉川合戰の時門齋生捕られし事竝遠藤喜右衞門討死の事 卷之十四 · 1
- p01…め取りて關東に奉らん、と云ふ。黑田聞きて、三成を生捕るとも、西國の諸將大軍にて攻圍むべし。爭か防ぐ術の有る可き、とて聞入れず…
三刀谷監物田邊城に籠る事 卷之十四 · 1
- p01…者共、奧州は大國なり、景勝は勇將なり。如何で容易く破るべき。西國一同に石田に與し候ひぬ。德川家の危き事近きに候に、何とて安國…
浮田秀家八丈島へ配流の事 卷之十六 · 1
- p01…懸り落ちられし。美濃の白樫村に暫し隱れて有りしに、遂に忍びて西國に落下り薩州に著かれしに、其事聞えて東照宮死罪一等を宥めさせ…
石田が子の僧助命の事 卷之十六 · 1
- p01…。治部は德川の家に大功をなしたる者なり。治部由無き軍を起し、西國中國の大名を語ひ候ひしに、一戰に打負けたる故にこそ、日本六十…
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 2
柳生宗矩劍術御師範の事竝宗矩先見の事 卷之十九 · 1
- p01…敬ひ候はんには然るべく候。今の重昌が身にて城を攻候ひなんに、西國の諸侯如何は下知に從ふべき。思ふにも似ず攻厭みて候ひなんには…
板倉重昌肥前國島原の賊追討の事竝周防守重宗先見の事 卷之十九 · 1
- p01…き。今思ふに、泰平の世に徒に死なんも志に非ず。天晴仰を奉りて西國に赴かばや、とぞ言はれける。重昌筑紫に向ふ時、京都にて所司代…
川北九大夫肥後國川尻を守る事 卷之十九 · 1
- p01…出陣の時供すべし、と定めらる。天草は稍もすれば一揆をなす所と西國の人の言ひける事なれば、心に掛けて、川尻は海邊、船の著く處に…
福島正則領國を召放さるゝ始末の事 卷之十九 · 1
- p08…積み、大手搦手の持口を定めたり。安藤對馬守、永井右近大夫中國西國の軍兵を率ゐ、備中の笠岡に著陣あり。丹波吉村又右衞門、大橋茂…
大納言賴宣卿援兵の總大將を願ひ給ひし事 卷之二十 · 1
- p01…とも申すべし。諸浪人を集め候ひなんには數十萬も有るべし。夫に西國、中國の大名小名差し加へられ然る可からん。拙者に總大將仰せ附…
板倉重宗京都所司代の事附板倉勝重器量の事 卷之二十 · 1
- p02…るより外の事無し。汝が不才を隱しなば、五畿內は言ふにや及ぶ、西國までも禍有るべし。些とも飾る事有る可からず。只不才と表すを第…
大坂城中軍評定の事 卷之二十一 · 1
- p01…して見ん。去年の軍は城固く兵粮も又多かりき。日數を過ぎば必ず西國の內に心を寄する人も有るべきか。寄手の中に心替も有るべしと何…
齋藤織部落武者を助くる事 卷之二十二 · 1
- p01…大坂落城の日、興國公の士齋藤織部、黑母衣かけて西國道に落行く敵に追附き、すでに討取らんとせしに、彼敵ふり顧りて…
美濃大垣にて八月廿四日より九月四日まで鐵炮迫合の事 拾遺 卷之三 · 1
- p01…て、八月二十四日より九月四日まで鐵炮迫合有りけるに、輝政公と西國方との迫合の間に藪ありて、夫へ便りて敵より鐵炮を放し懸くる故…
家康公慶長五年七月會津御發向の事 拾遺 卷之四 · 1
- p01…ば、御大事に罷なるべく候所に、上方にて治部少輔を始め、五畿內西國一圓に亂れ伏見へ取懸り候由、家康公小山より江戶へ御歸城なされ…
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