會津征伐の御時、東照宮下野小山の途中にて、左右の近習の人々に向はせ給ひ、我麾を忘れたり。彼なる小竹林に串になるべき細竹を切れ、と仰せられしかば、則切つて奉るをたたう帋を取り出させ給ひ、鞍の前輪に押當てて切裂きて括り附け、二つ三つ打振り給ひ、景勝などを打破らんには是にて事足りぬ、と宣へり。實に麾を忘れ給ふには非ず。上杉家は父より已來武勇の家にて、景勝驍將なれば人々危む心有る故、景勝を侮らせ給ふの機を示させ給ひしにや。然る處に西國、中國一同に御敵なり、と言ひ振らし、小山より引返させ給ふ時、又彼竹林を過ぎさせ給ふに、上方を攻破るには此麾も無川1の物なり、とて棄て給ひけり。前後に大敵有れば人々愈疑ひ懼るゝ故に、猶々恐るゝに足ざるの機を示し給ふなるべし。
- 誤植無川 — 底本「川」。「用」の誤植か(「用」の横画欠け。同じ紙型の別刷では「用」)。