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上杉氏
本文表記 上杉・上杉家・兩上杉・甲越
長尾輝虎越後を治められし事 卷之一 · 1
- p02…男村岡五郞忠通が末にて、其後長尾と稱す。後管領上杉の讓を得て上杉と稱す。甲陽軍鑑に梶原景時が末孫といへるは誤なり。…
北條氏康示弱乘强の事 卷之一 · 3
武田信玄自己の像を造る事 卷之二 · 1
- p01…の武威盛んなる故、小笠原村上諏訪の殘黨等首を屈めて、或は北條上杉等の處に身を隱し居れど、甲府に變も有らば日頃の欝憤を散さんも…
長野信濃守上野國箕輪城を守る事 卷之三 · 2
長九郞左衞門能登國發向の事 卷之四 · 1
- p01…三月二日能州穴水の城に入り、舊好の者共馳せ集り百人に及べり。上杉より有坂備中を七尾に置きけるが、長曾撿見與十郞を大將として押…
眞田昌幸卽謀の事 卷之四 · 4
眞田幸村智謀の事 卷之四 · 1
- p01…の習ひに、一人斯くと言ひ出せば聞く者之れに附會し、是れ眞田は上杉が方へ落行くと覺えたり。如何樣追駈け高名せん、と思慮淺き面々…
東照宮伊豆にて北條父子に御對面の事 卷之七 · 1
- p01…り、と諫め申す。東照宮、去れば其位爭無益の事なり。過し比武田上杉和平して犀川を隔てて對面の時、馬より早く下りたる方旗下に似た…
甲陽軍鑑虛妄多き事 卷之七 · 6
- p01…事分明なり、と論ぜし人もありき。又同書に載せたる、持氏生害、兩上杉おごり恣にて、武州河越にて北條に負けたるは天の罰なり、といへ…
- p01…て、武州河越にて北條に負けたるは天の罰なり、といへり。持氏と兩上杉と時變れり。持氏の滅亡は永享十一年にて、氏康とは遙に百八年を…
- p01…に在り。顯定は越後信濃の境、長森原にて高梨に討れぬ。早雲さへ兩上杉と如斯を、氏康未生れざる已前の事どもを、甲陽軍…
- p01…北條氏綱と、武州河越にて夜軍あり。朝定討死なり。此の合戰を、兩上杉と氏康夜軍となして記せるにや。同十五年丙午四月二十日、持氏五…
- p01…に河越にて氏康と合戰有りて、晴氏憲政敗北なり。是を甲陽軍鑑に兩上杉と氏康軍とせり。されば五代已前の持氏をば公方と記し、五代已後…
- p01…とせり。されば五代已前の持氏をば公方と記し、五代已後の管領を兩上杉となせるなり。持氏の四男成氏、成氏の長兄公方政氏なり。同人の…
關白宇都宮にて佐野天德寺と物語の事 卷之九 · 1
- p03…物語させて聞れしに、武田上杉の弓箭盛なりし事を申しければ、秀吉冷笑ひ、如何に天德寺謙信信…
上杉景勝大人氣なる事 卷之九 · 1
- p01…長沼に軍し、兵を分け嶮を守りて今や遲しと待ちかけたるに、豫て上杉の臣直江兼續の約せし事にしあれば、上方に於て石田三成豐臣秀賴…
下野國小山にて上杉入庵議論の事 卷之十二 · 2
上杉景勝會津表手配の事 卷之十二 · 1
- p01…の境の明神に出で兵を分ち、不意に討て懸るべき道を計られしに、上杉方にも此を知らず、況て寄手は露も知らず。東照宮の先陣大田原に…
東照宮小山の途中にて竹を伐らせられし事 卷之十二 · 1
- p01…らんには是にて事足りぬ、と宣へり。實に麾を忘れ給ふには非ず。上杉家は父より已來武勇の家にて、景勝驍將なれば人々危む心有る故、景…
佐竹義宣國替の事竝車野丹波が事 卷之十六 · 2
杉原常陸智勇の事 卷之十六 · 2
前田慶次が事 卷之十六 · 2
出羽國長谷堂合戰上泉主水討死の事 卷之十六 · 1
- p03…十四歲とかや。上泉主水と冑の眞向に琮嵌にぞしたりける。是より上杉勢亂れ立ちて敗北すれば、義光、政宗勝に乘り、剩すな、と追つつ…
伊達上杉陸奧國松川合戰の事附永井善左衞門岡野左內が事 卷之十六 · 5
- p01…を追崩し川に追ひたす。されども大軍見る內に重り攻寄せしかば、上杉勢は福島を指して引退く。福島に至て行程ゐなか道十八里なり…
- p02…城を圍まれし後、如何なる故にか有りけん、蒲生氏鄕に仕へ、其後上杉家に奉公しけり。優れたる剛の者にて、奧州福島口にても物見に只一…
- p03…き鎗なりし故、殊に乘り退り幾度となく支へ戰ひけり。甘粕備後は上杉家にて勝れし勇將なるが、白石の城を守りしに、會津に行きたりし跡…
- p03…なれば、政宗我を謀りて斯く云ひしなり、と笑はれけり。台德院殿上杉の館に御出有りし時、彼の九曜の幕法華經の幕を厩に打たれしとぞ…
- p04…岡野は元蒲生家の士なりしが、上杉家に仕へけり。富有なる人にて、儉を好み奢を憎む。一月の間二三度…
佐竹勢今福口を攻むる事竝杉原常陸武功の事 卷之二十 · 2
東照宮志貴野御巡見の事 卷之二十一 · 1
- p01…大坂にて、東照宮志貴野を御打巡あり。上杉の攻口にかゝらせ給ふ時、鐵炮を並べ立てたるが、一同に城に向け…
直江山城守閻魔王に書を贈りて訴訟人を斬る事 卷之二十三 · 1
- p01…上杉家に三寶寺何某といふ者、下部の罪有りて誅せしを、其一族大に怒り…
柴田因幡守退治上杉景勝出馬の事 拾遺 卷之一 · 1
- p01…ころせしゆゑなり民部は、二つの首を持ち淚を流し罷有り候を、上杉家の平林內藏助、井上三郞兵衞、落合淸右衞門、其場に有合せ、能く…
越後浪人大井田監物の事 拾遺 卷之一 · 7
- p01…門秀康公に御使番にて奉公仕る。其仁の筆記に曰く、越後國は代々上杉家領し候處に、永正十年六月二十日、上杉顯定と家老長尾爲景と妻有…
- p01…と家老長尾爲景と妻有庄長森原にて一戰候。顯定討死し、爲景則ち上杉庶流上條の上杉定實を婿にとり、我子長尾六郞を定實の養子分にし…
- p01…を婿にとり、我子長尾六郞を定實の養子分にして、顯定の跡に立て上杉を繼がする。爲景八男猿王長尾景虎後號謙信其性尋常に替り…
- p01…なし、とて、府內を出で高野山へ赴き申され候。關の山迄出候時、上杉家老その談合して曰く、景虎無くば、越後に重りなく我儘になり、…
- p01…とて追駈け引留むる。景虎居給はずば、越後は誰か治むべく候や。上杉代々の骨折水になり候はん事心外なり、と達て異見する。景虎、さ…
- p01…まじくと、起請文を宿老中いたされ候はば歸るべし、と云ふ。其時上杉家臣二十六人、已來ともに御意次第に仕るべく、と起請文を書く。…
- p01…虎越後を踏靜め、これ皆宇佐美駿河守に相談して如此。謙信は、上杉を繼ぎたる兄を殺し、子孫を立つる事、天道に背く、とて十八歲に…
上杉浪人門田造酒之丞物語の事 拾遺 卷之二 · 5
- p01…上杉浪人門田造酒之丞は、淺野采女正彈正次男左京大夫弟正則に…
- p01…田が物語に曰く、本條越前守重長は、越後本條城主大剛一の大將、上杉にては一二を論ずる程の武勇なり。永祿十一年本條越前守逆心する…
- p01…ひ、庄內を過ぎ半切取り、天正六年謙信逝去候時景勝へ使を立て、上杉御家譜代の者にて候。輝虎公日頃こそ御意に違ひ弓矢に罷成候。上…
- p01…杉御家譜代の者にて候。輝虎公日頃こそ御意に違ひ弓矢に罷成候。上杉御家恨無之候間歸參仕度し、とて景勝へ從ひ上杉三郞方を攻從へ…
- p01…なり。右兩人の外に大剛の者主大將分の者多し。千坂對馬守、是は上杉四家老の一つなり。見事なる士にて何方へ大事の使に越候ても、一…
上杉景勝最上義元と合戰の事 拾遺 卷之三 · 1
- p01…明くるを待つ。謙信家の軍法懸り引といふ手段にて引取りしかば、上杉の諸軍無恙米澤へぞ引取りける。此時の陣取、直江下知にて山よ…
佐久間河內守物語竝渡邊內藏助が狂歌の事 拾遺 卷之三 · 17
- p01…候。須田大炊先手にて景勝勢眞先に懸り候。勝負數度これ有り候。上杉方多功、豐後守手柄高名なり。北條淸右衞門、上泉主水、櫻圓獄…
- p01…物場より遙々南大和川の堤を堀切り、蘆谷に足輕を立て取固め候。上杉衆申し候は、小口とは遙々脇を取固め候こと、不合點なる手配、と…
- p01…理亮治長、木村主計頭宗重、渡邊內藏助糺、竹田永翁等かけ出候。上杉先手須田大炊介長義は、石坂新左衞門百人鐵炮にて備一の木戶口を…
- p01…打立申候。半時ばかり競合候へども、大坂方大軍故眞黑に懸り候。上杉方鐵炮大將石坂新左衞門場を去らず討死、組勢二十餘人討たれ、須…
- p01…兼て備を脇へ押出し立候故、須田備は景勝旗本前へ崩れ申候。此時上杉方島津玄蕃は敵大勢に渡合ひ、沼の中へ突落され、起上り鎗を合せ…
- p01…仕り候。市川左衞門、針生市之助、原庄兵衞、駒澤與五郞を始め、上杉家究强の兵枕を並べ討死仕り候。須田大炊備ほぐれかゝりしに、景勝…
- p01…の師匠にて候。高所に返し合せ、穴澤主殿介盛秀、と名乘り候を、上杉方坂田釆女組打に仕り、穴澤が首を取り候。穴澤長刀を直江家來折…
- p01…澤が首を取り候。穴澤長刀を直江家來折下外記分取に仕り候。さて上杉先手の大將須田大炊見え申さず、行衞不知故、討死と存候所に敵…
- p01…人ながら高名して出來り候故、諸人ほめ申候。扨柵際にて大坂方と上杉方鐵炮軍時をうつす。此時今福口へも木村長門守重成、後藤又兵衞…
- p01…上杉後にて陣取り候。先手の戰を見て景勝旗本へ參られ候へども、上杉家作法にて備の中へ不入候に附き、先手へ馳加り申され、大坂方次…
- p01…候。前日野田の藤見の時の喧嘩にて、手柄有之候へども、今日は上杉方に追立てられて人先に迯げ申すに附て、…
- p03…立候。鴫野合戰の翌日、兩御所樣御同道にて鴫野口御巡見なされ、上杉陣場御通り懸りし時、上杉總手より城へ鐵炮をつるべ放す。但し御…
- p03…御所樣御同道にて鴫野口御巡見なされ、上杉陣場御通り懸りし時、上杉總手より城へ鐵炮をつるべ放す。但し御大將御巡見の時の作法故實…
- p03…故、何の骨折り候事も無御座、と御挨拶申上げられ候。後日に上杉家人須田大炊、杉原常陸、島津玄蕃、鐵孫左衞門御感狀下され候。…
- p03…合と申上げ、罷り立ち候。皆人感じ譽め申候。其砌上意には、今度上杉家中手柄仕り候、と仰せられ候。常陸介取敢へず、輝虎以來弓矢の暖…
- p03…以來弓矢の暖殘り申候由、御挨拶申し罷り立ち候。諸人感じ申候。上杉二の先安田上總介、今度鴫野にて第一の手柄致し、橫鎗にて大坂方…
- p03…く見苦し、とて猿樂の法被を衣て大坂へ立つ。家康公御覽なされ、上杉家古き風にて錦の甲直垂を著たり。皆々後學に見置き候へ、と上意成…
家康公慶長五年七月會津御發向の事 拾遺 卷之四 · 1
- p01…後へ出で旗本へ切つて懸り、手詰の勝負を可決とつもり置き候。上杉家中に誰も知る者なし。近日家康公御著陣、御先手榊原式部太輔康政…
直江山城守伊達政宗に加勢を乞ふ事 拾遺 卷之四 · 1
- p01…川兵を三手に分ちて長谷堂に赴く。戰ふに及んで最上勢石川が兵を上杉勢と見違へて、味方討に遭ふ者多し。石川始我一隊の相印を最上方…
古の名將學問和歌を嗜まれし事竝酒和田喜六器量の事 附錄 雨夜燈 · 1
- p01…太田持資後道灌と號す上杉の家老なり。鷹野に出て雨に逢ひ、百姓の家に入りて、簑を貸し候…
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