常山紀談本文データベース

目次 › 卷之十二 › e295

○上杉景勝會津表手配の事

卷之十二 第7話 · 段落 1 · NDL 1078984 210コマ L

人物地名家(氏)官職日付索引へ

東照宮會津を伐せ給ふ時、景勝は謙信の影堂の前にて、諸將士卒に二心有るまじきとの起請文を書かせ、妻子をば會津に籠め燒草を積置けり。敵寄せ來らば逆寄にせん、とて所々に地形を均し、白川に安田上總介を先陣として島津下々齋を二陣とし、景勝は只一騎背炙の嶺に登り、樵夫を案內者にして山中を通り、白川の境の明神に出で兵を分ち、不意に討て懸るべき道を計られしに、上杉方にも此を知らず、況て寄手は露も知らず。東照宮の先陣大田原に陣して白川より一日の行程なり。景勝大に悅びて、其勢八千を率ゐ長沼に陣し、寄手白川に攻入らん時、山中の間路より思ひも寄らぬ後に廻り、東照宮の御旗本に切つて入り、萬死一生の軍せんと謀られしに、石田兵を起すの由聞えて、東照宮宇都の小山より引返させ給ひけり。