上杉景勝最上義元と合戰、
直江兼繼長谷堂口を引拂ふ。
溝口左馬助勝路直江に向つて曰く、夜に入りて人數引取り候はば大敗軍に成るべく候。今夜は堅固の地に陣取り、明朝引取給へ、と申しければ、
直江も尤と同じ、一里許り引取りて小高き所の野山左半道許り行く。先は大山、爰こそ能所なれ、とて陣を取り夜の明くるを待つ。
謙信家の軍法懸り引といふ手段にて引取りしかば、
上杉の諸軍無
㆑恙
米澤へぞ引取りける。此時の陣取、
直江下知にて山より半道前に陣取りつゝ山へ懸らざることを、
家康公後々まで御稱美ありけるとかや。