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直江兼続
本文表記 直江・直江山城守・直江山城守兼續・直江兼續・兼續・直江山城・直江兼繼・山城
眞田昌幸卽謀の事 卷之四 · 9
- p01…、武田方は勝賴自ら二萬五千の兵を率ゐて出張なせるが、上杉方は直江山城守兼續を大將として、三萬餘騎を引具したりける。武田方の先鋒土屋惣藏…
- p01…屋惣藏、初鹿野傳右衞門急ぎ勝賴の御前に出で申しけるは、上杉勢直江山城守三萬餘騎、飯山より三里隔てて陣を出し候なり。何卒我々今宵夜擊…
- p01…來りて謁しければ、勝賴今宵夜擊の事を物語るに、眞田大に笑ひ、直江兼續は尋常の敵に非ず。夜擊をなさば極めて其の用意有るべし。勝賴聞…
- p01…ば極めて其の用意有るべし。勝賴聞きて、汝が慮り甚だ過ぎたり。直江何どて今宵用意すべきや、と云ひしに、眞田は答へもあらず、冷笑…
- p01…勢三千五百餘人を以て、其夜初更の頃及より用意をなし、飯山より直江が陣に押寄せたりしに、篝火少々燒き捨てたるばかりにて川意の體…
- p01…よりは安田下總守同じく五百餘人、後よりは甘粕近江守、前よりは直江山城守、須田大炊之介、杉原常陸之介、惣勢三千餘騎、各潮の涌くが如く…
- p01…、土屋、初鹿野が勢大に討れ、辛うじて飯山の陣に迯げ歸りける。直江が勢は之を見て、謀有らん事を氣づかひ、長追もせず元の陣に引返…
- p01…感じける。斯くて又昌幸申しけるは、奈何に土屋初鹿野殿、今一度直江が陣に夜擊を蒐けられよ。初鹿野申けるは、我々初め大に破れたれ…
- p01…初鹿野心ならずも又三千五百人の新手を率ゐて押寄せける。此方は直江が陣には夜擊を破りて手始よしと喜悅び、陣中にて酒宴を催し、明…
上杉景勝大人氣なる事 卷之九 · 2
直江兼續が事 卷之十一 · 6
- p01…越後の士大將直江山城守兼續は、朝日將軍義仲の乳子、樋口次郞兼光が末孫なり。謙信に仕へて…
- p01…て景勝に至る。景勝、奧州にて百萬石を賜りし時、米澤三十萬石を直江に與へられ、陪臣の中第一の大祿なり。長高く容儀骨柄雙無く、辯…
- p03…々に見せられしに、其頃金錢の始りし比にて、珍しとて持囃さる。直江が末座に有りしを、これ見られよ、と有りし時、直江扇の上に金錢…
- p03…て持囃さる。直江が末座に有りしを、これ見られよ、と有りし時、直江扇の上に金錢を置きて打返し、女童の羽根つく樣にして觀しかば、…
- p03…かば、政宗、否苦うも候はず、手に取られよ、と言ひも終らぬに、直江、謙信の時より先陣の下知して麾取り候手に、斯る賤しき物取れば…
- p03…き物取れば汚れ候故、扇に載せて候、とて政宗の方に投戾しけり。兼續父も山城守といふ。元僧なりしが、還俗して武勇を事としけり。…
石田三成直江兼續密謀の事 卷之十一 · 2
兼續惺窩先生に逢ひし事 卷之十一 · 6
- p01…直江兼續、惺窩藤斂夫に對面せんと言へ共聞入れられず。兼續押して行きた…
- p01…直江兼續、惺窩藤斂夫に對面せんと言へ共聞入れられず。兼續押して行きたれば不在なり。度々招けども行かざるに、今日來りた…
- p01…、今日來りたるにも逢はず。僞りて他に出でたるとや思はん、とて直江が許に行かれしに、直江其日關東に赴きしかば、跡を追ひて大津に…
- p01…ず。僞りて他に出でたるとや思はん、とて直江が許に行かれしに、直江其日關東に赴きしかば、跡を追ひて大津に至りて對面あり。直江、…
- p01…、直江其日關東に赴きしかば、跡を追ひて大津に至りて對面あり。直江、廢れたる家を急に取立つる時、人臣の心得は如何に、と問ふ。惺…
- p01…窩、事を速にせんとせば却りて敗るる基なり、とぞ答へける。後に直江景勝に勸めて旗を揚げさせ、必ず家を滅すべし、と惺窩言はれしが…
前田慶次が事 卷之十六 · 2
出羽國長谷堂合戰上泉主水討死の事 卷之十六 · 17
- p01…りし者なるが、京の相國寺の內に落ぶれ身を寄せ居しを、秀吉の時直江景勝の供して京に至りしが、傳へ聞きて對面し、樣々上泉をもてな…
- p01…と言へば、上泉、斯る身に思ひも寄らぬ詞を承る、とて仕へけり。直江出羽に押入る時、上泉も三千五百の將たり。最上方には、上の山よ…
- p01…最上方には、上の山より幡屋まで二十四ヶ所に出城を設けたるに、直江は眞直に山形に進んで攻め取らんと謀りける所に、幡屋より春日右…
- p01…る所に、幡屋より春日右衞門に親有る者の返忠せん事を言ひ送る。直江悅んで山形に進む兵を押止め、山路にかゝり幡屋に寄せんとす。軍…
- p01…嶮岨にそびき入れ、其隙に山形の要害を能せん謀なり、と言へ共、直江元より杉原と中よからざれば、我は唯易きに就かん、とて聞入れず…
- p02…一說に、長谷堂より內通の事を言ひ送りければ、直江大に悅びけるを、杉原、是は赤松圓心が白旗の城にて、新田左中將…
- p02…ども、用ひずして長谷堂に押寄せけるに、內通の事は僞なりし故、直江、欺かれたり、といへり。…
- p03…多攻取りたるにて勇氣を示し、軍を返されん事然るべし、と申す。直江嘲笑ひ、軍を出せしは山形を攻めん爲なり。今更山形の要害能けれ…
- p03…えぬ事をいふ、と罵りければ、上泉、口惜しき事なりと思ひけり。直江は進んで菅澤山に陣したり。此處も長谷堂より十九町なり。義光も…
- p03…。伊達政宗も軍を出し、先陣長谷堂の城下に押來り陣を取りたり。直江は、大風を討得ざる事殘り多し。此城を唯一時に打破れ、と下知し…
- p03…殘り多し。此城を唯一時に打破れ、と下知し、城際に攻寄せたり。直江高き所に打上り、石火矢を透間も無く打懸けたるに、只千雷の落懸…
- p03…前、此處を專途と追出し追込まれ、相戰うて其日も戰ひ暮しけり。直江又三千餘を城の後の山に上らせ、鐵炮を打懸くれば、城よりも切つ…
- p03…上らせ、鐵炮を打懸くれば、城よりも切つて出で死傷數を知らず。直江軍兵を分ち四方を燒働す。所々に軍あり。長谷堂の城下に大なる池…
- p03…。又一陣を以て燒働す。城中よりひた冑八百許切つて出でしかば、直江使を以て、引取れ、と下知すれども、睨み合ひて引退かず。使も行…
- p03…も行止まりて歸らざれば、次第に軍兵行重り鐵炮を打合ひければ、直江、杉原に疾く軍を引上げられよ、と云ふ。上泉、我こそ行かめ、と…
- p03…とする所に、政宗の兵三百許橫合より切つて懸りければ、上泉兼て直江が詞を怒りたりし故に、一足も引くまじと思定めたれば、又合戰を…
- p03…し又打つて懸る。前田已下立堪へ、懸りつ返しつ散々に戰ひけり。直江、日も暮かゝり進み難し。疾く引きとれ、と下知しければ、上泉、…
上杉景勝志貴野口合戰の事 卷之二十 · 2
上杉家の士大將に御感狀を賜ふ事 卷之二十 · 1
- p01…に、安田上總介は橫鎗を入れて城兵を打破りし功大なりといへ共、直江と不和なりし故に其功上に達せず。御感狀賜らざりしかば、其後人…
東照宮志貴野御巡見の事 卷之二十一 · 1
- p01…勝攻口の陣所道筋に砂を盛り水を洒ぎ、煌やかに掃除して、景勝、直江只一人打具して、平伏して御目見申したりければ、東照宮、如何に…
直江山城守閻魔王に書を贈りて訴訟人を斬る事 卷之二十三 · 6
- p01…有りて誅せしを、其一族大に怒りて、死したる人を歸し給はれ、と直江山城守に訟へけり。其下部の罪死に及ばざる事にや有りけん、直江白銀二…
- p01…直江山城守に訟へけり。其下部の罪死に及ばざる事にや有りけん、直江白銀二十枚與へて、跡をとへ、と宥めけれども愈用ひず。是非に歸…
- p01…へて、跡をとへ、と宥めけれども愈用ひず。是非に歸し給はれ、と直江を催促しけり。直江種々にいへども兎角聞入れず。其時直江、然ら…
- p01…宥めけれども愈用ひず。是非に歸し給はれ、と直江を催促しけり。直江種々にいへども兎角聞入れず。其時直江、然らば訟の如くせん、と…
- p01…れ、と直江を催促しけり。直江種々にいへども兎角聞入れず。其時直江、然らば訟の如くせん、とて一族三人捕へさせ、地獄に行きて迎へ…
- p01…せ候。疾く歸し賜はり候へ。慶長二年二月七日、閻魔王冥官披露、直江山城守兼續、とぞ書きたりける。…
上杉浪人門田造酒之丞物語の事 拾遺 卷之二 · 2
丹羽五郞左衞門物語の事 拾遺 卷之二 · 1
- p01…寄を附申べし。先是なる流に橋を丈夫に懸けてより申附け引込む。直江を始め手緩き人かなと思ふ氣色にて橋も架けず。景勝又出で、何と…
上杉景勝最上義元と合戰の事 拾遺 卷之三 · 4
佐久間河內守物語竝渡邊內藏助が狂歌の事 拾遺 卷之三 · 12
- p01…門遣さる。景勝も明日鴫野口の柵を取り申さるべく旨仰せ出さる。直江山城守兼續申候は、一昨日奧州より到著仕候故、人馬の足を休め其上のことに…
- p01…佐久間小栗申し候は、謙信以來著陣其儘にも御一戰と承り及び候。山城はいな事を申され候、と斷り候へば、直江、上意重く候間、明日取…
- p01…も御一戰と承り及び候。山城はいな事を申され候、と斷り候へば、直江、上意重く候間、明日取詰め申すべく旨御請申上候。二十六日早天…
- p01…田兵庫、其子大助、二千餘にて柵三重をり持固め候。前の夜景勝は直江山城を呼び、備組を問はる。直江申し候は、老功にて候故安田上總介を…
- p01…三重をり持固め候。前の夜景勝は直江山城を呼び、備組を問はる。直江申し候は、老功にて候故安田上總介を先手に申附け、二の先は須田…
- p01…ば軍勝はなし。須田を先手に安田を二の先に立つべしと有るに附、直江備を繰替へ申候。之により須田備は競べて二の先の安田手より手柄…
- p01…內藏介敗軍、其場を取り敷き候。景勝は鴫野の橫堤に旗本を立て、直江山城守に申附け、鐵孫左衞門に鐵炮三百挺遣し、物場より遙々南大和川の…
- p01…候を、上杉方坂田釆女組打に仕り、穴澤が首を取り候。穴澤長刀を直江家來折下外記分取に仕り候。さて上杉先手の大將須田大炊見え申さ…
- p01…へ不入候に附き、先手へ馳加り申され、大坂方次第に嵩み候時、直江下知にて、大和川堤蘆谷の柵場より、鐵孫左衞門鐵炮を橫合より込…
- p03…候へと申したれども、日暮れかゝり候とて不打。餘り殘多さに、直江に、足輕を貨せ我進みて討つべし、と云ひたれども、日暮れかゝり…
- p03…道節砂を盛り、水を洒ぎ、中之掃除きらびやかなる事なり。景勝も直江一人供にて罷り出で、手を地につき御目見、家康公仰せられ候は、…
- p03…一の手柄致し、橫鎗にて大坂方突崩し、味方の勝になり候へども、直江山城と中惡き故、書附に入れざる故に上聞に達せず。御感狀不被下…
家康公慶長五年七月會津御發向の事 拾遺 卷之四 · 2
直江山城守伊達政宗に加勢を乞ふ事 拾遺 卷之四 · 1
- p01…直江長谷堂を攻むる時、義元加勢を伊達政宗に乞ふ。石川彌兵衞に兵衆…
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