上杉家に三寶寺何某といふ者、下部の罪有りて誅せしを、其一族大に怒りて、死したる人を歸し給はれ、と
直江山城守に訟へけり。其下部の罪死に及ばざる事にや有りけん、
直江白銀二十枚與へて、跡をとへ、と宥めけれども愈用ひず。是非に歸し給はれ、と
直江を催促しけり。
直江種々にいへども兎角聞入れず。其時
直江、然らば訟の如くせん、とて一族三人捕へさせ、地獄に行きて迎へ來れ、とて書簡一通封じて、使に往け、とて首を刎ねさせたり。其書簡に、云々の子細候て三人迎ひに參らせ候。疾く歸し賜はり候へ。
慶長二年二月七日、閻魔王冥官披露、
直江山城守兼續、とぞ書きたりける。