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○上杉景勝志貴野口合戰の事

卷之二十 第15話 · 段落 1 · NDL 1078984 323コマ L

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志貴野にて上杉景勝先陣、柵を破り、井上五郞右衞門を始として數百許打取り、大和川まで攻め入る時、景勝直江を呼びて、城兵援來るべし。先陣は如何に、と問ふ。直江、先陣は士卒少く候へども安田上總介、二陣は隅田大炊介長則に定め候、と申す。否々隅田を先陣にして二陣を安田に繰替へよ、と下知せらる。是激の道なるべし。斯くて安田は、先陣を二陣に繰替へられ口惜き事なり、と齒囓をなし、隅田が軍兵は、安田に踰えて功名せんと勇み、兩陣とも勇氣倍しけり。二十六日曙に隅田押寄せ、多切豐後守眞先駈けて首を得、北條淸右衞門等も討死し、遂に打勝つて井上五郞左衞門を討取り、柵二重破りたりけるを、城中より大軍我先にと馳向ひ、大野修理治長、木村主計頭宗重、渡邊內藏助糺、竹田永翁等競ひ懸る。隅田は百挺の鐵炮を一の木戶口に立固め打ちたてさせけれ共、城中よりの加勢眞黑に成つて切りて懸るを、半時許支へて戰ひ、鐵炮の物主石坂新左衞門一足も引かず討たれ、終に押立てられぬ。二陣の安田は兼てより側に陣を押出せし故、隅田が士卒、景勝の旗本前へ崩れ懸る。景勝三陣の士大將杉原常陸親憲、金の輪拔の立物打つたる冑を著、金の鎰の馬印を取りて、大將の仰ぞ。隅田人數兩方へ分れ候へ、と呼はりて馬印を打振りて下知しければ、隅田が兵忽ち兩方へ分れて引取りけり。杉原敵を思ふ樣に近々と引受けて、前に立て並べたる鐵炮を雨の降る如く打懸けしかば、安田二町餘脇に控へたるが橫間に鎗を入る。隅田も忽ち盛り返し、城兵を追崩す。隅田は初に討負けたるを口惜しく思ひて、從者五人にて敵の中に紛れ入り、首二つ取つて歸る。景勝進んで押詰めんと見えしかば、久世三四郞乘り來り、俄に城を攻めば死傷多からん。後陣の堀尾山城守忠晴と入れ替られよと仰せ候ぞ、といふ。景勝聞きも敢へず、弓取の先を爭ふ時、一寸增と言ふ事あり。今朝より激しく軍して取敷きたる所を、人に讓りて退く事や候、とて少しも動かず。丹羽長重、景勝の陣に行きて見れば、景勝將机に倚りて城中をはたと睨み、物具もせずして靑竹を杖につき、左右に軍兵三百許鎗を橫たへ跪きて、紺色に日の丸の旗毗の文字の旗二本に、淺黃の扇の馬印押立て、靜まりかへりて長重を見向もせず。長重も勇將なるが、後に人に語りて景勝を譽められけり。