大坂冬陣に、佐竹義宣今福口を攻むる。士大將澁井內膳先陣して柵の木を打破る。佐竹に附けられし軍の目附安藤治右衞門、屋代越中守先駈して、安藤爽に物具せしを、柵の中より鐵炮にて冑の上を打ちかする。安藤折敷きたれば、頻に打懸けて立上り得ず。屋代父子、伊藤右馬允駈來り、如何に安藤、日比は年若しとて自慢せしには違へり、と言ひて柵を打破る。木村長門守重成城より助け來り、柵を隔てて睨み合ひたり。木村は黑き卒袖の羽織を著し、柵に取附きて、あはれ鎗にて叩き崩さばや、と云へども、鐵炮の足輕散り亂れて來らざりしに、井上忠兵衞といふ者、鐵炮持たせ馳來りければ、あの鳥毛の羽織著たる敵は物師よ。打落し候へ、と下知して柵の木に鐵炮をもたせて、澁井が胸板を打通す。木村喚いて懸り寄手を追崩す。平塚五郞兵衞澁井が屍を蹈越えしを、木村が從者首を取らんとすれば、平塚、その冷えたる首何にせん、というて敵を追立つる。義宣使者を上杉景勝に遣はして加勢を乞はれしかば、杉原常陸橫合に兵を出す。杉原は大坂に師を出す時、吾物具以ての外古くて、日本國の弓取に笑はるべし、とて猿樂の半臂を用意せしが、其日物具の上に著て麾の緒を腰に結びてさげ、七百許を率ゐて川の中の洲に進みしかども、水深かりしかば、玉藥を惜まず、込替へ〱城兵を打白ます。軍兵を下知するに、進退思ひの儘なり。杉原が士卒を下知する有樣を、諸將の陣鳴を靜めて見物す。譬へば馴れたる雀の子を呼ぶに似たり、と言合へり。東照宮遙に杉原が出立を御覽じ、上杉が家は古風なる故鎧直垂を著たるなるべし、と仰せ有りしは、半臂を遠く御覽有りての事なり。其後上杉家の士大將に御感狀を賜はる。杉原御前にて謹んで上を包みたるを解き、讀み終り始の如く包み、本多正信の方を見遣りて感じ、仰せ候詞殊更に忝く覺え候。景勝武功を賞せさせ給ふ故に、陪臣まで斯る仰を承る事、謙信弓箭の遺風を天下に擧ぐる所に候、と言ひて退出したりけり。