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○石田三成直江兼續密謀の事

卷之十一 第22話 · 段落 1 · NDL 1078984 200コマ R

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石田三成或雨夜の徒然成りしに、直江を近附け私語きけるは、卑賤より出でて天下を治むるは大丈夫の志なり。我豐臣家の恩深し。太閤斯く世に御座しまさん中は思ひ立つべからず。然れども終には旗を揚げ、天下を取らばやと存ずるなり。其の時德川家父子をば如何して討亡すべき。武略を廻らし給はらんや、と語りしに、直江此を幸とや思ひけん。是こそ志す所に候へ。然れ共德川父子關八州を領して、且蒲生氏鄕といふ勇將に親み有り。輙く勝つべからず。先氏鄕を滅し、景勝に會津を賜りなんや。然らば吾景勝に謀りて旗を揚げ、我先陣して師を出すべし。其時西國の諸將達を談ひ押寄せて、關東を討亡す可きよ、と細々と相謀り、終に氏鄕を毒害し、後秀行八十萬石の地を削りて、會津を景勝に秀吉賜りたるは、此謀より事起ると言へり。