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関東
本文表記 關東・東國・關東八州・八州・關八州
北條氏康示弱乘强の事 卷之一 · 2
備前國龍口落城の事附浮田直家の事竝岡剛助高名 卷之二 · 1
- p03…人質に出しけり。須々木は故有つて元常と不和なり。或時須々木が東國より求め得たる黑の馬を盜み出して打乘り、山下へ馳せ下る。城中…
上杉謙信小田原へ攻め入られし事附上京の事 卷之二 · 1
- p01…永祿三年謙信八千の師を相州小田原に出さる。關東の諸將皆々靡き從ひて十五萬に及べり。旗本は高麗寺山の麓に陣し…
信濃國川中島合戰の事 卷之二 · 2
山內一豐馬を買はれし事 卷之四 · 2
秀吉勝賴の滅亡を惜まれし事 卷之五 · 2
瀧川一益厩橋を退く事 卷之六 · 3
東照宮伊豆にて北條父子に御對面の事 卷之七 · 1
- p01…爭をするは惡き事なり。氏政吾と二心無く言ひ交さんに、兩旗にて東國を打平げなん。其時に及んで州數多領する者上座に在ん。位爭ひ更…
謙信信玄二將の批評 卷之七 · 1
- p01…しが、是を聞き打驚きて箸を捨て飯を吐出し、英雄とは此人なり。關東の弓箭柱を失ひたり、とて惜まれけり。信玄は將略の謙信に及ばざ…
道雪仁愛深かりし事 卷之八 · 1
- p01…體にてぞ有りける。是を知る者有りて、或夜物語の時申しけるは、東國の大將に誰とは知らず候。寵愛の女に密に情を通はす者の候ひしを…
武藏國八王寺城落つる事 卷之九 · 2
關白鶴ケ岡參詣の事 卷之九 · 2
秤御定の事附壹步金辨當挾箱始の事 卷之九 · 4
眞田幸村謀計を以て大里を退く事 卷之九 · 1
- p01…第二囘上田籠城の役、關東の大軍上田の城を十重二十重に取圍み、空堀に飛入り〱塀に登りて…
眞田幸村稻苅陣の事 卷之九 · 1
- p01…騷ぎ出しける所に、城中より三方の城門を押開きて攻寄せければ、關東勢戰はんとする者無く、皆々小諸を指して敗走りける。是れ豫て幸…
伊達家の士卒異風出陣の事 卷之十 · 2
石田三成直江兼續密謀の事 卷之十一 · 2
兼續惺窩先生に逢ひし事 卷之十一 · 1
- p01…て他に出でたるとや思はん、とて直江が許に行かれしに、直江其日關東に赴きしかば、跡を追ひて大津に至りて對面あり。直江、廢れたる…
石田が黨東照宮を謀り奉らんとせし事 卷之十一 · 5
- p01…逝去。其比台德院殿伏見に御座しまして、太閤の病重かりしかば、關東に赴かせ給はん事延引なりしが、俄に十九日伏見を發して關東に歸…
- p01…ば、關東に赴かせ給はん事延引なりしが、俄に十九日伏見を發して關東に歸らせ給ふ。是れ東照宮遠大の神慮なるべし。四老奉行內々相計…
- p03…康政膳所を立ちて、七千許の人を率ゐて伏見へ入りければ、京にて關東より數萬の軍兵馳著きたり、とひ振らす。康政小具足著て鉢卷し、…
- p03…伏見、淀に馳廻りて、赤飯菓子酒樣の物一つも殘らず買ひ來れば、關東より十萬の軍兵集りたり、と人々思はぬ者も無し。是に依りて石田…
- p03…も、忽馳寄つて五六萬には及ぶべし。景勝卿采配を取つて下知し、關東を攻破らんに何程の事か候可き、とて又存ずる旨を言ひ出しけるに…
東照宮上杉御征伐の時近江國水口を立たせ給へる事 卷之十二 · 1
- p01…東照宮景勝を征伐に關東へ向はせ給ふ時、江州水口に御泊あり。その明の朝長束大藏大輔、…
渡邊惣左衞門野中市左衞門忍びて大坂に使する事 卷之十二 · 1
- p01…り、と再三言ひしかば、二人危き所を遁れて大坂に行き著きたり。東國方の諸將の屋敷には虎落結ひ廻し、大坂の兵士門々を警固して內外…
藤堂玄蕃赤坂町を鎭むる事 卷之十三 · 1
- p01…合渡にて東國方の軍北ぐるを追ひて赤坂まで進み行く時、高虎の士大將藤堂玄蕃…
村上彥右衞門先見の事 卷之十三 · 1
- p01…たる所心得られず、といふ。安國寺、吾もさこそ思ひ候へ。され共關東者一人に上方勢十人の積りなれば、四五日持ち堪へなんには必ず勝…
大谷吉隆平塚爲廣最後合戰和歌贈答の事 卷之十三 · 5
- p01…ぜず强ひければ、止事を得ずして佐和山に至る。三成悅んで、今度關東を討亡すべき謀をぞ語りける。大谷驚きて、故太閤常に德川殿の智…
- p01…人々なり。必ずしも賴みとす可きに非ず。水口の長束と計り、內府關東に歸路の時、石部邊にて旅宿の時夜討して火を掛け、十死一生の軍…
- p01…を掛け、十死一生の軍せば勝利疑無きに、可惜圖を外されぬ。內府關東に歸られけるは虎を千里の野に放つが如し。十全の勝を計られなば…
- p01…り來りし使者には、心得候、とぞ答へける。吉隆敦賀に歸りしに、關東勢岐阜を攻落しけると聞きて、敦賀を打出でて關ヶ原に到りしが、…
- p01…りしかば、秀詮の先陣立足も無く敗北す。され共藤堂高虎を始め、東國の軍押駈け進み來れば、秀詮の先陣盛返して討つてかゝる。されど…
島津義弘關ケ原退口の事附大坂の商賈義氣の事 卷之十三 · 1
- p01…處を、梶田又右衞門、死狂する敵に軍はせぬよ、とて追留めたり。東國勢押駈けしかば、義弘の從子中務大輔豐久、義弘の馬の側に乘寄せ…
細川忠興の北の方義死の事 卷之十四 · 1
- p01…聞入れられずば是を限と思ひ定むべし、と語られしかば、正齋、殿東國に向はせ給ひし時、思ひかけざる事の有らんには、正齋計ひて武將…
安養寺門齋三成を生捕らんとせし事附姉川合戰の時門齋生捕られし事竝遠藤喜右衞門討死の事 卷之十四 · 1
- p01…豫に向ひ、今三成城中に入る事誠の天の與ふる處なり。搦め取りて關東に奉らん、と云ふ。黑田聞きて、三成を生捕るとも、西國の諸將大…
大津城合戰京極家の士戰功の事附赤尾伊豆が事 卷之十四 · 1
- p01…高次は關東に素より心を寄せられしを、大坂より朽木河內守元綱を使にて、秀…
古田助左衞門思慮の事 卷之十四 · 1
- p01…冥途にて對面せん、と大坂の屋敷に云ひ送りけり。斯る處に重勝も東國より歸り來り、松坂に立籠る。此時富田信濃守信高阿濃津を守られ…
出羽國長谷堂合戰上泉主水討死の事 卷之十六 · 1
- p03…淺黃じなひの差物指して、利根川二本木の先陣せられしによりて、關東にて夫を憚りて、淺黃じなひを指す者なしと聞きたりしにも覺えぬ…
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 4
佃次郞兵衞伊豫國松前城を守る事 卷之十七 · 3
柳生宗矩劍術御師範の事竝宗矩先見の事 卷之十九 · 1
- p01…て追討の御使下され候べし。然らば重昌何の面目有りて生きて再び關東に歸るべき。可惜人を土人等に打たせ候ひなん事、誠に口惜くこそ…
毛利勝永大坂に入る事 卷之二十 · 1
- p02…野より秀賴兵を起すの旨告げ遣りしかば、勝永、土佐守忠義を欺き關東へ忠を致すべし。先非を改め舊領に復せん志なり、と云ひて土州よ…
大坂城中軍評定の事 卷之二十一 · 1
- p01…り。斯る所に修理が母の人質に出し置きたるも返し賜はりぬ。旣に關東の人數伏見に著くと聞えしかば、秀賴又諸大將を集めて再び軍の評…
井伊木村挑戰重成討死井伊家諸士功名の事竝橫田甚右衞門藤堂高虎を激す事 卷之二十一 · 1
- p12…虎馬を乘歸る。是も激勵の術なるべし。東照宮畠山入庵を召して、關東の武者共軍に慣れて、物いふ詞の面白き、と仰せ有りしかば、入庵…
渡邊內藏助が子城を落ちし事 卷之二十二 · 1
- p01…遁れ得て彼子を市中の厠に隱し置き、日數經て逃去らんとせしを、關東の軍兵に捕へられぬ。色々責問ひたれども、渡邊に從へる士水谷淸…
澤原孫太郞節義赦免を蒙る事 卷之二十二 · 1
- p01…方を言ふにこそあれ、とて、如何に、と問ふに、澤原言ひけるは、關東の兩御所の運强く御座しまし候を感じ奉りての事に候。士たる程の…
丹羽左平太才覺城を落つる事附左平太初陣義氣の事 卷之二十二 · 1
- p02…斯る事の候、と仰せられしとかや。其後秀賴に仕へて大坂の軍の前關東に使せしかば、之に乘りて奉公せよ、とて馬を賜はりけるとなり。…
後藤又兵衞が事 卷之二十二 · 2
野間佐馬之進田螺を以て勝負占物語の事 拾遺 卷之一 · 2
同役石田三成浮田秀家が諫を用ひざる事 拾遺 卷之二 · 1
- p01…御著陣有り。浮田秀家勢州より大垣の城に來り、三成に對し、今日東國より上りたる諸軍の陣營を見るに、營法不嚴、軍令不整、淺間…
大坂夏陣井伊家の士小笠原傳兵衞手柄の事 拾遺 卷之三 · 2
佐久間河內守物語竝渡邊內藏助が狂歌の事 拾遺 卷之三 · 1
- p03…打合の樣なるざれ事なれば、別に恐しき事骨折る事もなきなり。昔關東陣越後などにて、今日死するか、今か〱と思ふやうなる烈しき合戰…
この索引は編者の判断による比定を含みます。詳しく