信玄勇才は人に超えたりと稱すべし。父を逐ひ子を殺し、降將を殺して其子を妾とし、其餘不仁怨毒算へ盡すべからず。姑く此二事を併見ても二將の賢否、論を待たずして明なり。又甲陽軍鑑に記せし處附會詐僞、しひて拵へ設けて
信玄の惡を隱し他を蔑にせし事、是又數へ盡すべからず。一事を擧げて論ずるに、
北條家と戰ふ每に利有りと見えたれども、北條五代記に記せるは、
信玄川中島に陣せしに、
氏康夜討して
甲州の兵敗北し、八幡と書きたる旗を捨てて
甲州へ逃入りたりと聞えたり。甲陽軍鑑に是を忌みて津浪に旗を取られしと記したり。假令北條五代記の說誤りたりと言ふとも、津浪に旗を取られしは陣所の地理に暗きに非ずや。