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○謙信信玄二將の批評

卷之七 第9話 · 段落 2 · NDL 1078984 141コマ L

人物地名家(氏)官職日付索引へ

信玄死れし事を深く隱したるに、北條氏政泄聞きて謙信の許に告げ遣られけり。謙信は春日山にて湯漬飯を食せられしが、是を聞き打驚きて箸を捨て飯を吐出し、英雄とは此人なり。關東の弓箭柱を失ひたり、とて惜まれけり。信玄は將略の謙信に及ばざる故に、高野の成慶院にて大威德明王の法を修し謙信を呪詛せられし。其文今に高野山に傳はりけるといふ。
信玄勇才は人に超えたりと稱すべし。父を逐ひ子を殺し、降將を殺して其子を妾とし、其餘不仁怨毒算へ盡すべからず。姑く此二事を併見ても二將の賢否、論を待たずして明なり。又甲陽軍鑑に記せし處附會詐僞、しひて拵へ設けて信玄の惡を隱し他を蔑にせし事、是又數へ盡すべからず。一事を擧げて論ずるに、北條家と戰ふ每に利有りと見えたれども、北條五代記に記せるは、信玄川中島に陣せしに、氏康夜討して甲州の兵敗北し、八幡と書きたる旗を捨てて甲州へ逃入りたりと聞えたり。甲陽軍鑑に是を忌みて津浪に旗を取られしと記したり。假令北條五代記の說誤りたりと言ふとも、津浪に旗を取られしは陣所の地理に暗きに非ずや。