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○伊達家の士卒異風出陣の事

卷之十 第8話 · 段落 2 · NDL 1078984 181コマ R

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朝鮮を伐たるゝ時、關東の諸將も兵を出さる。伊達政宗は遠國たる故に、騎兵三十騎鐵炮百挺鎗百本と軍配を定められけるに、千許の士卒を引具し、天正十九年正月九日岩出山を打立ち、二月十三日京に著く。小西加藤は先陣たり。岐阜中納言秀信を始として關東の諸將師を出さる。其道は聚樂より戾橋を大宮に押通る。政宗の旗三十本紺地に金の丸附けたる具足著て、弓鐵炮の者も同じ出立に銀の熨斗附の刀脇差、金の尖笠を冠り、馬上三十人黑袍に金の半月の出でし豹の皮、又は孔雀の尾熊の皮いろ〱の馬甲かけ、金の熨斗附の刀脇差邊も輝く許なる。中にも遠藤文七郞、原田左馬介は佩添に木太刀を一丈許に作り帶たりしが、鞘尻の下りければ、金具を眞中に設けて糸を結び肩に懸けて馬に乘りたりけり。見物の群衆政宗の軍兵押通る時目を驚かす出立なれば、一同に喚き㗢きけるとぞ。
明の援兵朝鮮に來り、平壤に有りて練光亭より日本の兵を望みしに、江上に往來する者大劔を荷ふ。日光下り射て電の如し。是は眞の劔に非ず。白蠟を沃ぎたる物なりと言ふ事、懲毖錄に錄せしは、伊達家の二士の木劍の事にや。