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伊達政宗
本文表記 政宗・、政・。政・伊達左京大夫政宗・伊達陸奧守政宗・ば正・、正
氏鄕伊達家の刺客を免されし事 卷之九 · 1
- p01…伊達政宗、蒲生氏鄕の威に壓るゝ事を心中に深く憤りて、氏鄕を殺すべき事…
氏鄕佐々木が鐙を細川忠興に贈らるゝ事附黑塚の歌の事 卷之九 · 2
伊達家の士卒異風出陣の事 卷之十 · 3
直江兼續が事 卷之十一 · 3
石田が黨東照宮を謀り奉らんとせし事 卷之十一 · 1
- p03…式部少輔、堀尾帶刀四人四老五奉行の使として、東照宮に參りて、伊達政宗、福島正則、蜂須賀至鎭緣組の事によりて、德川家獨擅なる事共、…
伊達政宗膽氣相馬の城下に宿せられし事 卷之十二 · 11
- p01…同じ時、伊達左京大夫政宗は急ぎ本國に歸り、搦手より攻入るべき由仰を奉り、大坂を打立ち…
- p01…馬に差懸つて國に歸らんとするに、相馬また累代の仇なり。然るに政宗僅に五十騎ばかり引具して常州を經、岩城と相馬の境に到り、先相…
- p01…り、先相馬が許に使をたて、此度德川殿上杉を征伐し給ふにより、政宗搦手より向ふべき由の仰を承りぬ。路旣に塞り候ひし程に、やう〱…
- p01…きに非ず。抑窮鳥懷に入る時は獵者もこれを殺さずとこそ申候へ。政宗程の大將年來の恨を捨てて君を賴みて來りしを、謀りて闇々と討た…
- p01…國境駒が峯に至らんに行程僅に二里、今日日未だ未の時に下らず。政宗が國に入らんとだに思はば日夕ならざるには至るべし。それに僅の…
- p01…粮秣藁鹽魚に至るまで積み置き、篝を燒きて夜廻す。義胤が士共、政宗餘に靜り返りたる體こそ心憎けれ。いざ試みん、とて夜更て後馬二…
- p01…とて夜更て後馬二匹取り放ち、人々走り散りて以の外に騷ぎ罵る。政宗小童一人に燭持たせ、白き小袖を上に打掛け、左の手に刀を提げて…
- p01…相馬殿の御人や候、といふ。是に候、とて行向へば、物音高く候。政宗が下人原狼藉候はんには、能く鎭めて給はり候へ、とて又內にぞ入…
- p01…關が原の事終りて、相馬旣に上杉に心合せたれば亡ぶべきに極る。政宗訴へ申されしは、相馬は年比政宗が仇なり。石田、上杉に與したる…
- p01…に心合せたれば亡ぶべきに極る。政宗訴へ申されしは、相馬は年比政宗が仇なり。石田、上杉に與したるが一定ならんには、政宗彼が爲に…
- p01…馬は年比政宗が仇なり。石田、上杉に與したるが一定ならんには、政宗彼が爲に討たるべし。然るに君の仰奉りて馳下る由を聞きて、深き…
杉原常陸智勇の事 卷之十六 · 3
出羽國長谷堂合戰上泉主水討死の事 卷之十六 · 5
- p03…剩さじと戰ひけるが、大風僅に打ちなされ、切脫けて城に入りぬ。伊達政宗も軍を出し、先陣長谷堂の城下に押來り陣を取りたり。直江は、大…
- p03…鎗を打入れ突合ひたるが、念なう敵を突退け引取らんとする所に、政宗の兵三百許橫合より切つて懸りければ、上泉兼て直江が詞を怒りた…
- p03…ゝ者多し。前田、宇佐美を始め大剛の者共數度切つて懸りしかば、政宗の兵三十餘人討たれたり。斯る處に政宗の士大將石川彌兵衞、崩る…
- p03…共數度切つて懸りしかば、政宗の兵三十餘人討たれたり。斯る處に政宗の士大將石川彌兵衞、崩るゝ味方を盛返し又打つて懸る。前田已下…
- p03…琮嵌にぞしたりける。是より上杉勢亂れ立ちて敗北すれば、義光、政宗勝に乘り、剩すな、と追つつむる。芋川縫殿、村上國淸四千許、橫…
伊達上杉陸奧國松川合戰の事附永井善左衞門岡野左內が事 卷之十六 · 40
- p01…慶長六年四月、伊達政宗奧州景勝の地を斬取らんと、百姓を間者にして怠を伺はれたり。松…
- p01…岩井備中、杉原常陸、栗生美濃、岡野左內、五千許にて守りけり。政宗は國見峠を踰え、信夫郡より瀨の上の川を涉り、五千の兵にて梁川…
- p01…、敵不意の利を謀りて押寄せ候に、味方川を渡りて待ちかけなば、政宗思ひしに違ひて必ず引退くべきなり。川を涉らんこそ能かりなめ、…
- p01…といふに、栗生同心せず。此川中窪にて極めて渡す事容易からず。政宗涉らん處を半途を打つに利有らん。岡野、否々敵大軍なり。爰に待…
- p01…俣主膳、本庄段右衞門、井筒小隼人、乘り行きて馳歸る。猪俣は、政宗川を涉らじ、といふ。二人は、政宗川を渡さん事半時許もや有らん…
- p01…、乘り行きて馳歸る。猪俣は、政宗川を涉らじ、といふ。二人は、政宗川を渡さん事半時許もや有らん、といふ。子細を問ふに、猪俣、敵…
- p01…り、といふ。井筒、本庄が曰く、我等見し所も同じく候。されども政宗未だ來らず。其間五六町許もや候らん。政宗川際に押寄せて其支度…
- p01…も同じく候。されども政宗未だ來らず。其間五六町許もや候らん。政宗川際に押寄せて其支度せんに、何の時刻を移すべき。且小荷駄を遠…
- p01…移すべき。且小荷駄を遠く引退けたれば、戰ひを持ちたる敵なり。政宗二萬の軍兵を帥ゐて寄來り、空しく引返すやうや候、といふ。さら…
- p01…打渡す。宇佐美民部鎗を橫たへ、殘る兵をば押止めてけり。斯れば政宗押來り、先陣片倉小十郞透間も無く切つて懸る。岡野四百許眞丸に…
- p01…。是を始として歸し合せ、火を散して戰ひけるが、討るゝ者多し。政宗勇み進んで追駈けられしに、岡野猩々緋の羽織著て鹿毛なる馬に乘…
- p01…しに、岡野猩々緋の羽織著て鹿毛なる馬に乘り、支へ戰ひけるを、政宗、馬を駈寄せ二刀切る。岡野振顧りて、政宗の冑の眞向より鞍の前…
- p01…り、支へ戰ひけるを、政宗、馬を駈寄せ二刀切る。岡野振顧りて、政宗の冑の眞向より鞍の前輪をかけて切附け、反す太刀に冑の錣を半か…
- p01…鞍の前輪をかけて切附け、反す太刀に冑の錣を半かけて斫り拂ふ。政宗刀を打折りてければ、岡野すかさず右の膝口に切附けたり。政宗の…
- p01…。政宗刀を打折りてければ、岡野すかさず右の膝口に切附けたり。政宗の馬飛退きてければ、岡野、政宗の物具以の外見苦しかりし故、大…
- p01…すかさず右の膝口に切附けたり。政宗の馬飛退きてければ、岡野、政宗の物具以の外見苦しかりし故、大將とは思ひも寄らず。續いて追詰…
- p01…しかりし故、大將とは思ひも寄らず。續いて追詰めざりしが、後に政宗なりと聞きて、今一太刀にて討取るべきに、とて大に悔みけるとな…
- p01…取るべきに、とて大に悔みけるとなり。岡野は川へ乘入れたるに、政宗、又十騎許にて追駈け來り、穢し返せ、と呼はりければ、岡野振顧…
- p01…指して引退く。福島に至て行程ゐなか道十八里なりといへり政宗、何處までも剩すな、と馬煙を立てて追ひかけしかば、物具を道に…
- p02…れたる剛の者にて、奧州福島口にても物見に只一騎出でたりしに、伊達政宗の伏兵六人起りて取包みしを、四人討取つたり。長篠にても太刀打…
- p03…取つて返して追退け、勇氣を顯しけり。福島の城下の川を渡る時、政宗の兵彌追詰めて、我先にと川に打入れたるが、永井を後より三刀切…
- p03…岡野は旗押立て靜に福島の城に入り、甘粕、栗生も引入りければ、政宗軈押寄せたるに、殿の兵共柵を踰えて城に入りたりしに、靑木は柵…
- p03…城に入りたりしに、靑木は柵を越え兼ねて只一騎控へ居たる所に、政宗馬を駈寄せたり。靑木十文字の鎗にて政宗の冑の立物三日月を突折…
- p03…只一騎控へ居たる所に、政宗馬を駈寄せたり。靑木十文字の鎗にて政宗の冑の立物三日月を突折りしかば、政宗馬に諸鐙を合せて駈通られ…
- p03…たり。靑木十文字の鎗にて政宗の冑の立物三日月を突折りしかば、政宗馬に諸鐙を合せて駈通られぬ。靑木後に政宗と聞きて、今一鎗にて…
- p03…日月を突折りしかば、政宗馬に諸鐙を合せて駈通られぬ。靑木後に政宗と聞きて、今一鎗にて突殺すべきに、口惜き事よ、とぞ言ひける。…
- p03…、とぞ言ひける。斯る處に簗川の城より須田大炊助長義討て出で、政宗の兵阿武隈川を前に陣しけるが、此川奧州第一の大河なれども、須…
- p03…地の利を知り、兵を二陣に分ち、須田は川上に打上りけるを見て、政宗の兵二つに分れて防がんと色めく所を、一文字に渡して斬り懸る。…
- p03…取りてけり。須田今年二十三、之より武名殊に世に高く聞えけり。政宗は松川にて、後に敵出でたりと聞き引退く處を、本庄越前又駈出で…
- p03…りと聞き引退く處を、本庄越前又駈出でて川を渡し追駈けければ、政宗敗北し、信夫山に掛りて引退く時、景勝後卷に打出でて紺地に日の…
- p03…く時、景勝後卷に打出でて紺地に日の丸の旗山の上に見えしかば、政宗取る物も取敢ず仙臺に引返されけり。後に政宗使を以て、攻取りた…
- p03…の上に見えしかば、政宗取る物も取敢ず仙臺に引返されけり。後に政宗使を以て、攻取りたる白石の城と幕と取換へん、と云ひ送られしか…
- p03…事無きに非ず。武具を取られし事は弓箭取る身の大なる恥なれば、政宗我を謀りて斯く云ひしなり、と笑はれけり。台德院殿上杉の館に御…
- p03…御出有りし時、彼の九曜の幕法華經の幕を厩に打たれしとぞ。其後政宗、岡野に逢ひたりし時、松川の軍の有樣語り出して、汝を斬りつる…
- p03…存候て、金糸にて縫合せ、家の寶とせんと存ずる由言ひて、羽織を政宗に見せければ、政宗悅ばる。其時岡野、冑の錣を吹返しかけてなぐ…
- p03…合せ、家の寶とせんと存ずる由言ひて、羽織を政宗に見せければ、政宗悅ばる。其時岡野、冑の錣を吹返しかけてなぐり切にしたりき、と…
- p03…岡野、冑の錣を吹返しかけてなぐり切にしたりき、と申しければ、政宗色を變じ、物語を止められしとかや。…
- p04…らんと思はず。されば今生の樂と思ひて慰み候、とぞ云ひける。又政宗福島の城を攻め取らんとて、木幡四郞左衞門、百騎許にて城近く働…
- p04…。兵を出すべからず、と言ひけるに、鈴木彥九郞、寄せ來りし中に政宗有るべし。喰止めて討取らん、といへば、尤なりとて兵を出し、先…
- p04…功の輩に姓名を與へられし例により、左內を越後と更められけり。政宗三萬石にて招かれしか共、舊主の好忘れ難しとて、蒲生秀行に仕へ…
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 6
- p16…偖は愈二心よ、と人々怪む所に、信仍堤の上に上り鐵炮を進めて、伊達政宗の先陣片倉小十郞に向ひて討て懸る。信仍眞先に進みて鬪ひしが片…
- p16…うて敵數多討取りたり。片倉金の鐘の差物にて麾を取り盛り返す。政宗の旗本の騎馬の鐵炮も進み來る。奧州は聞ゆる馬多き所なれば、良…
- p16…よ、と言ふ程こそあれ、冑の緒をしめ鎗の穗先を揃へて敵に向ふ。政宗の鐵炮箕手なりに成りて懸り來り、雨の降る如く打懸けたり。信仍…
- p16…て鎗を取つて懸れば、士卒一同に立上り喚いて鎗を打入れたれば、政宗の軍兵大に破れ、一支も無く崩れけり。此を世に眞田が天王寺口の…
- p16…嚴しく見えたりけり。水野日向守勝成此を見て、いざ軍せん、とて政宗に勸めらるゝに、同心の色無し。越後少將忠輝此處に陣を進められ…
- p16…輝此處に陣を進められしが、此も眞田が陣に懸らんと冑を著給ふ。政宗の士大將片倉小十郞忠輝の前に來り、日暮に近く軍危からん、と言…
長曾我部盛親生捕らるゝ事 卷之二十二 · 1
- p01…と答ふ。高虎の使木俣淸右衞門に逢ひてけり。木俣、彼に見ゆるは伊達政宗にや。疾く行きて援を乞はれよ、と言ひしかば、使、道遠き所に狼…
渡邊數馬報讐始末の事 卷之二十四 · 1
- p04…伊達政宗は、論ずる迄もなし。蹈潰して奪ひ取るより外無し、と言はれしと…
上杉浪人門田造酒之丞物語の事 拾遺 卷之二 · 2
直江山城守伊達政宗に加勢を乞ふ事 拾遺 卷之四 · 1
- p01…直江長谷堂を攻むる時、義元加勢を伊達政宗に乞ふ。石川彌兵衞に兵衆二千餘騎を差添へて遣す。石川兵を三手…
大坂夏御陣眞田左衞門佐幸村勇戰の事 拾遺 卷之四 · 7
- p01…、旗三四十本人衆二三萬許國府越より此方へ越來り候、と告ぐ。是伊達陸奧守政宗の軍勢なり。眞田が士卒、すはや此陣を押出し給ふか、と勇む氣色…
- p01…す。幸村、御働目を驚候。是より我等受取候、と答ふ。備を進むれば正宗の多勢蒐り來る。野の地形、前後は岡にて上平なり。中間十町許…
- p01…を入れたるが如し。此時幸村が先手半過ぎ岡の上に押上りたる處に、政宗の騎馬鐵炮八百挺を、先手より一二町も前で一同に打立てたるに…
- p01…ば、今日第一の功とせん、と言ひしに、一人も此先に出づる者なし。政宗の騎馬鐵炮といふは、伊達家の士の二男三男壯力のものを撰びて…
- p01…配を振つて、蒐れ、と言ふ。言の下より皆起き立つて直に突き懸り、政宗の先手七八町追崩せり。水野日向守勝成、正宗をすゝめて復戰は…
- p01…立つて直に突き懸り、政宗の先手七八町追崩せり。水野日向守勝成、正宗をすゝめて復戰はしむ。政宗、我軍勞れたり。戰今日に限るべか…
- p01…先手七八町追崩せり。水野日向守勝成、正宗をすゝめて復戰はしむ。政宗、我軍勞れたり。戰今日に限るべからず、とて不從。勝成また…
信玄の士小幡豐後物見の事 拾遺 卷之四 · 1
- p01…て、敵の虛在り、と申せば、信玄則ち兵を前めて利を得られたり。伊達政宗の士茂庭周防或時物見に出でて、伏兵に圍まれて討死す。不逃走…
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