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○大坂夏御陣眞田左衞門佐幸村勇戰の事

拾遺 卷之四 第14話 · 段落 1 · NDL 1078984 429コマ R

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大坂夏御陣、五月五日のあさ眞田左衞門佐幸村が物見馳歸りて、旗三四十本人衆二三萬許國府越より此方へ越來り候、と告ぐ。是伊達陸奧守政宗の軍勢なり。眞田が士卒、すはや此陣を押出し給ふか、と勇む氣色なり。されども障子に靠れ、片膝を立て居たりしが、靜に答へて、左あらん、と許にて外に言葉を出さず。午の刻許又物見馳來り、今朝のとは旗色かはり候が二三本見え、人數二萬許、松蔭故不分明候が、龍田越を押下り候、と告ぐ。是松平上總守忠輝なり。幸村虛眠して居けるが、目を開き、よし〱如何程も來させよ。一所に集めて討ちとらば心地よからんものを、とて是に取合ぬ有樣なりければ、皆早りたる心も稍靜りぬ。是大敵を不㆑令㆑恐、味方を騷がしめざるとの事なるべし。夕炊終りて後、此備所は戰に便なし。いざ敵近く寄らん、とて一萬五千餘正奇を不㆑亂、前後を不㆑混、𩣝步次弟をとゝのへ押出せば、敵假令十倍なりとも恐るゝに不㆑足と思はれける。其夜道明寺表に陣をとり、明れば六日の早旦野村邊に至り、渡邊內藏助糺は幸村に先達て、水野日向守勝成と戰ふ。糺は勝成を切靡くる事五六十步、勝成又守返して糺を衝退くる。互に刀鬪三度に及んで糺は深手を蒙り、脇に備を引取り、そなへを立直し、幸村へ使を以て、只今の迫合に疵を蒙り候故、御人數駈引の妨と存じ脇に引取り候。且橫を討たんとする勢を見せ候へば、味方の一助たらんか、と申遣す。幸村、御働目を驚候。是より我等受取候、と答ふ。備を進むれば正宗の多勢蒐り來る。野の地形、前後は岡にて上平なり。中間十町許低くして、道左右田疇に連れり。幸村已に兵を前めんとする時、令を下して冑を著せず、鎗を取せず、馬の傍に引添せて、下知せん時を待せたり。敵合十町許になりければ、幸村使番を以つて、冑を著せよ、と云ふ。爰に於て皆持せ置きたる冑を取つて打著、忍の緒をしめたりければ、勇勢新に加り、兵氣益盛なり。敵合已に一町許にならんと思ふ時、幸村又使番を以つて、鎗を取れ、といふ。諸士手々に鎗を取りて穗先を敵方に差向けたれば、面々いかなる堅陣剛敵なりとも打碎かん、と別に魂を入れたるが如し。此時幸村が先手半過ぎ岡の上に押上りたる處に、政宗の騎馬鐵炮八百挺を、先手より一二町も前で一同に打立てたるに、鉛子の飛ぶは雹の如く、火藥の光電に似たり。煙は忽雲霞となりて丈尺の間も見えわかず。幸村先手の士混々と打斃されて、死傷するもの多かりしかども、一足も退心のなかりしが、冑を著鎗を取りたる氣勢の壯なるが故なり。幸村煙の中より、先手に爰をこらへよ、大事の場ぞ。片足も引かば全く可㆑沒、と下知する聲耳に徹し、鎗の柄をにぎり、平伏になりてこたへたり。幸村下知して、炮聲の絕間に十四五間程づつと走行き居敷き、炮聲の絕間に又如㆑斯す。此時、幸村が鎗さきより一尺進みたるものあらば、今日第一の功とせん、と言ひしに、一人も此先に出づる者なし。政宗の騎馬鐵炮といふは、伊達家の士の二男三男壯力のものを撰びて、本より仙臺は馬所なり、駿足を勝りのせ、奧州にて所々の戰に馬上より鐵炮一放と定めて打たするに、不㆑中玉は希なり。打立てられて備亂るゝ處を、煙の下より直に乘込んで駈散すに、馬蹄に蹂躪せられて、敵敗潰せずと云ふ事なし。此時騎馬鐵炮の士馬を入れんと駈寄せけれども、幸村の先鋒近々と備へて折敷きたりと見て漂ふ所に、煙も稍薄くなれば、幸村此しほ合をや計りけん、大音上げ采配を振つて、蒐れ、と言ふ。言の下より皆起き立つて直に突き懸り、政宗の先手七八町追崩せり。水野日向守勝成、正宗をすゝめて復戰はしむ。政宗、我軍勞れたり。戰今日に限るべからず、とて不㆑從。勝成また忠輝を勇むれども不㆑果。勝成は小勢なれば獨たゝかふ事不㆑能して止みぬ。幸村未の刻迄合戰を待居たりしが、夫より繰引に引きとれり。其體肅然として追討事不㆑能、慕はば却つて爲㆑彼に可㆑被㆑挫。東軍の諸隊見るもの感賞せり。