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真田信繁
本文表記 信仍・眞田・幸村・、幸・。幸・眞田父子・眞田殿・眞田左衞門佐・左衞門佐・眞田源次郞・與三郞幸村・左衞門佐信仍・眞田兄弟・傳心月叟・父上・眞田信仍・眞田左衞門佐幸村・は幸・時幸
眞田幸村前後奇計の事 卷之四 · 4
眞田幸村智謀の事 卷之四 · 4
眞田幸村稻苅陣の事 卷之九 · 2
關白秀次公生害の事附吉田修理が事 卷之十一 · 1
- p02…忠朝の陣より鐵炮を打懸ると等しく、死ねや〱、と聲々に呼はり、眞田が陣を切崩し、北ぐる敵を追つかけ、天滿川の深みに馬を乘入れ溺…
伊勢國阿濃津城軍の事附佐治縫殿が事 卷之十五 · 1
- p02…、いざ是迄よ、とて佐治を捕へて引返し、道明寺と平野の間にて、眞田に行合ひて遁れ得たり。其後流落し仕へを求め、貧しくして江戶柳…
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 68
- p01…て眞田の後卷するとの聞え有り。諸將相謀りて陣拂す。昌幸が次男左衞門佐信仍信仍或本にノブタカと訓ず何れが是なるを知らず附け慕はん…
- p01…るとの聞え有り。諸將相謀りて陣拂す。昌幸が次男左衞門佐信仍信仍或本にノブタカと訓ず何れが是なるを知らず附け慕はんとす。…
- p01…知らず附け慕はんとす。大返に返して軍すべき物色を昌幸見て、信仍を制して追はざりけり。諸將歸陣の後昌幸大息吐いて、德川殿は誠…
- p03…去る天正十三年以來秀吉の恩顧を得しかば、大谷吉隆に申して次男信仍を秀吉の許に人質に出しけり。其後石田兵を起すの時、眞田父子三…
- p03…て次男信仍を秀吉の許に人質に出しけり。其後石田兵を起すの時、眞田父子三人は奧州に打向ふ途中に、石田が使來りて、秀賴公の爲に旗を擧…
- p04…多と親しみ厚く候へば、石田に與し難き由を信之申せしかば、弟の信仍女房の好に引かれ、父に弓引く樣や候、と申す。又信之、西國に與…
- p04…の危難に逼らんを助けて、家の亡びざる樣にせん、と言ひければ、信仍、西國の軍敗れなば、父も又信仍も同じく戰場の土とならんに、何…
- p04…びざる樣にせん、と言ひければ、信仍、西國の軍敗れなば、父も又信仍も同じく戰場の土とならんに、何として助けさせ給ふべき。德川家…
- p04…之怒つて、汝が詞不禮なり、とて旣に切つて捨つべく見えしかば、信仍、否々只今爰にて首を刎ねられ候事は許されよ。信仍は豐臣家の爲…
- p04…見えしかば、信仍、否々只今爰にて首を刎ねられ候事は許されよ。信仍は豐臣家の爲に身を失ひ申さん志なり、といへば、昌幸聞きて、兄…
- p04…起れるも、必ず秀賴公の爲にする忠に非ずと信之は思へるならん。信仍が言ふ處吾思ふ所なれば、我と共に引返すべし。信之は是より心任…
- p05…又眞田兄弟の爭の處は、佐野の天妙といふ。又犬伏といふ所なりとも…
- p06…夜討すべし、とて物見を出し、篝火を透間無く焚かせたり。果して信仍夜討せんと支度したりけれども、康政の設によりて夜討はせざりけ…
- p08…先陣地に犇と跪きてけり。本多正信下知して城をば責めず。昌幸と信仍は中の手に出づるを、牧野右馬允康成、同新次郞忠成馳せ向ふ。其…
- p08…牧野右馬允康成、同新次郞忠成馳せ向ふ。其間二町許も有らんに、眞田父子八十四人の手鼓を打つて高砂の謠をうたふ。榊原、憎き奴かな、と…
- p08…は銀の髑髏の指物、辻は白き四半に辻といふ字を墨にて書きたり。信仍箭文を射させ、二人の武勇を稱しけり。此中山は極めたる馭法の上…
- p10…に、果して違はざりけり、とぞ仰せられける。石田が軍敗れしかば眞田父子を誅せられん處に、信之、此度父と引分れて參り候は、父を助けん…
- p11…言ひて其旨を申せしかば、東照宮、台德院殿も聞召し入れられて、眞田父子許されしといへり。…
- p12…信之に信濃十二萬石の地を賜り、昌幸、信仍は御赦を蒙り、城を出でて紀州高野の麓九度山に引籠る。信仍常に…
- p12…幸、信仍は御赦を蒙り、城を出でて紀州高野の麓九度山に引籠る。信仍常に父と兵法を談じて、天下の時勢を計りけり。昌幸は六十七歲に…
- p12…昌幸は六十七歲にて九度山に死す。其後大坂の亂起りしに、秀賴、信仍を招かれけり。此比世の中騷がしかりければ、紀州は淺野長晟の領…
- p12…がしかりければ、紀州は淺野長晟の領地なれば、橋本山の百姓に、眞田大坂に行く事有らん。押止めよ、と下知せられしかば、用心嚴うし…
- p12…事有らん。押止めよ、と下知せられしかば、用心嚴うしたりけり。信仍橋本山の百姓數百人を九度山に招き、假家數多設けて酒宴してもて…
- p12…ぞ行きたりける。道々にて百姓は皆九度山に行きぬ。殘りし女童共信仍が鎗眉尖刀の鞘を脫し、鐵炮に火繩を挾み、もし押止むる者有らば…
- p12…べき體を見て詮方無し。九度山に醉伏したる者共、夜明けて見れば眞田は無し。如何に、と問へば、昨日云々の有樣にて河內路に赴きたり…
- p12…有樣にて河內路に赴きたり、と言ふ。欺かれしと悔めど力及ばず。信仍大坂に至り、只一人大野修理治長が家に行く。信仍其比薙髮して傳…
- p12…めど力及ばず。信仍大坂に至り、只一人大野修理治長が家に行く。信仍其比薙髮して傳心月叟と言ひけり。大野が士信仍とは知らず。何國…
- p12…仍大坂に至り、只一人大野修理治長が家に行く。信仍其比薙髮して傳心月叟と言ひけり。大野が士信仍とは知らず。何國の修驗者ぞ、と問ふ。…
- p12…治長が家に行く。信仍其比薙髮して傳心月叟と言ひけり。大野が士信仍とは知らず。何國の修驗者ぞ、と問ふ。信仍、大峯より參り候、と…
- p12…と言ひけり。大野が士信仍とは知らず。何國の修驗者ぞ、と問ふ。信仍、大峯より參り候、といへば、折節修理は居合せず、とて番所の側…
- p13…若き士共刀劍の物語するとて信仍に向ひ、汝が刀見せられよ、と言へば、山伏の犬威に候、とて出す…
- p13…て中子を見るに、脇差は貞宗刀は正宗なり。人々怪み合へり。其後信仍彼若き士に逢ひて、刀の目利は上りたるや、と戲れしに、皆赤面せ…
- p14…修理歸りて信仍を見て大に悅び、疾くも參られ候よ、と禮儀正しくして書院に招き…
- p14…べし、となり。旣に東西の軍起るに及びて、東照宮、如何にもして信仍を降參させばや、とて、叔父隱岐守信尹を以て此旨仰せられ、信州…
- p14…信尹を以て此旨仰せられ、信州にて一萬石賜はり候ひなんとなり。信仍同心せざれば、又信州一國賜るべし、と仰せ出されけり。信仍怒つ…
- p14…り。信仍同心せざれば、又信州一國賜るべし、と仰せ出されけり。信仍怒つて、義は人の道なり。秀賴に二心有らん事存じも寄らず候。重…
- p15…にや。東照宮寬仁に御座しませし故に再犯の罪を宥めさせ給へり。信仍其寬仁に何を以て報い候や心得られず。豐臣家は眞田數世の君に非…
- p15…、武田家亡びて後、世を捨てて山中に隱れずば如何にか有るべき。眞田が論ずる處の義道に叶へるとは言ふべからず。世の人眞田を以て賞…
- p15…るべき。眞田が論ずる處の義道に叶へるとは言ふべからず。世の人眞田を以て賞稱する事甚し。故に愚論を述ぶるに及べり。…
- p16…有りて防ぎけるが、大敵の責めし時守固かりけり。和平に及びて、信仍、越前忠直に仕へし原隼人貞胤は、古りし好有りて招きもてなしけ…
- p16…て招きもてなしけり。原はもと武田家の士也酒盃數獻の後、信仍鼓を打ち子の大介に舞はせて興じけるが、信仍云ひけるは、吾必ず…
- p16…也酒盃數獻の後、信仍鼓を打ち子の大介に舞はせて興じけるが、信仍云ひけるは、吾必ず討死せん。思ひの外に存命へて再會する事よ。…
- p16…淚を流し、軍に臨む者誰か生きて歸らんと思ふべき、と答へしに、信仍白河原毛なる馬に六連錢を金もてすりたる鞍置かせ、庭にて乘り廻…
- p16…評定有り。後藤は大和口の先陣にて平野に陣しぬ。五月六日の夜、信仍、毛利豐前守勝永と二人打連れて後藤が陣に行き、明けなば國分の…
- p16…が軍破れ、關東の軍兵二三十萬も有らん、洪水の溢れ來るが如し。眞田を待てども未來らず。眞田は兄の伊豆守と同心して裏切するよ、と…
- p16…十萬も有らん、洪水の溢れ來るが如し。眞田を待てども未來らず。眞田は兄の伊豆守と同心して裏切するよ、と人々罵りける所に、住吉海…
- p16…より赤旗押立て馬煙蹈み立てて來るを見れば、金の蠅取の馬印にて眞田なれば、毛利が陣も勇み合へり。信仍、譽田の方に進めば、偖は愈…
- p16…見れば、金の蠅取の馬印にて眞田なれば、毛利が陣も勇み合へり。信仍、譽田の方に進めば、偖は愈二心よ、と人々怪む所に、信仍堤の上…
- p16…へり。信仍、譽田の方に進めば、偖は愈二心よ、と人々怪む所に、信仍堤の上に上り鐵炮を進めて、伊達政宗の先陣片倉小十郞に向ひて討…
- p16…上り鐵炮を進めて、伊達政宗の先陣片倉小十郞に向ひて討て懸る。信仍眞先に進みて鬪ひしが片倉が陣敗北す。逃ぐるを追うて敵數多討取…
- p16…破り、駈亂して追崩す軍略なり。未だ其間相去る事遠かりしかば、信仍、いざ疲れたるに、息をつけ冑を脫げ、と下知しければ、皆冑を脫…
- p16…、と下知しければ、皆冑を脫いで休み居たり。敵稍近附きしかば、信仍、さらば冑を著よ、と言ふ程こそあれ、冑の緒をしめ鎗の穗先を揃…
- p16…政宗の鐵炮箕手なりに成りて懸り來り、雨の降る如く打懸けたり。信仍眞丸に成りて、とても遁れぬ所よ。一足も引くな者共、と下知し、…
- p16…知し、ひた〱と跪きて聲々に念佛を唱へ、力を合せて堪へたるに、信仍大音上げ、一寸も引くな爰に死ねや、と下知して鎗を取つて懸れば…
- p16…入れたれば、政宗の軍兵大に破れ、一支も無く崩れけり。此を世に眞田が天王寺口の軍とて、大軍の騎馬鐵炮に打勝つたる有樣を傳へて稱…
- p16…口の軍とて、大軍の騎馬鐵炮に打勝つたる有樣を傳へて稱しけり。信仍士卒を立固め靜々と毛利が陣に來る。大介今年十六歲、組討して取…
- p16…ゝ血をも拭はず馳來るを毛利見て、天晴父の子なり、と感じけり。信仍毛利が手を取り淚を落し、時刻遲く後藤が討死せし故、謀空しく成…
- p16…黃母衣の使番乘來り、疾く城中に引籠り候へ、と下知せられしに、信仍は猶赤旗押立て、今一軍せんと冑の緒をしめ直し、勇氣殊に嚴しく…
- p16…ゝに、同心の色無し。越後少將忠輝此處に陣を進められしが、此も眞田が陣に懸らんと冑を著給ふ。政宗の士大將片倉小十郞忠輝の前に來…
- p18…眞田が陣には手々に扇を擧げて招き、何とて軍し給はぬぞ、と聲々に呼…
- p18…き、何とて軍し給はぬぞ、と聲々に呼はりけり。猶懸らざりしかば信仍靜に兵を收め、關東武者百萬も有れ、男子は一人も無し、と大音に…
- p18…故軍奉行たりしに、如何なる故ならん後れたりき。明る七日の軍に信仍兵を出せしが、秀賴の出馬を勸めんため子の大介を城に返しけり。…
- p18…後文の便に、存命へて相見えんは願はしけれ共、合戰の場にて必ず父上と同じ枕に討死せよ。苟にも名こそ惜しけれと誡められし、と言ひ…
- p18…に討死せよ。苟にも名こそ惜しけれと誡められし、と言ひければ、信仍、城中へ歸れと言ふも秀賴公の御爲なり。父子ともとても遁るべき…
- p18…ば、大介名殘惜げに父を見て、さらば冥途にてこそ、とて引返す。信仍、大介を見送りて落つる淚をおさへ、昨日譽田にて痛手負ひしが、…
- p18…笑はれじ。心安し、と言ひけるとかや。斯くて大坂の軍敗れしかば信仍討死しけるを、首をば越前忠直の士西尾仁左衞門取つたりしに、誰…
- p18…ず。眞田信尹馬に乘りて打通り、此を見て、其冑は見知りたるぞ。眞田左衞門佐なるべし。口を開いて見よ。向齒二枚闕けて有るべき、と言ひしに…
- p18…。向齒二枚闕けて有るべき、と言ひしに、信尹が詞の如し。偖こそ左衞門佐とは知りてけれ。彼冑は原に物語して見せたるなり。弓箭取る身は…
西村孫之進武功の事 卷之十七 · 4
大坂城中軍評定の事 卷之二十一 · 11
- p01…大坂和平破れて後、秀賴軍評定の時、第一坐に長曾我部、次に眞田、其次に毛利豐前守列坐せり。秀賴、大野修理を以て、今度の合戰…
- p01…坐せり。秀賴、大野修理を以て、今度の合戰各所存を問はれけり。眞田、先長曾我部に申され候へ、と辭し申しければ、長曾我部聞きて、…
- p01…、先長曾我部に申され候へ、と辭し申しければ、長曾我部聞きて、眞田殿ならで斯る圖を申出さるべき人有りとも思はれず。先づ申され候へ…
- p01…申出さるべき人有りとも思はれず。先づ申され候へ、と答へけり。眞田、さらば申して見ん。去年の軍は城固く兵粮も又多かりき。日數を…
- p01…大將を集めて再び軍の評定に及びけるに、長曾我部また最前の如く眞田に讓りければ、眞田、駿河大御所の軍立常に早りたると承り候に、…
- p01…の評定に及びけるに、長曾我部また最前の如く眞田に讓りければ、眞田、駿河大御所の軍立常に早りたると承り候に、少しも違はず覺え候…
- p01…枕として一睡せぬ事や候べき。一夜討すべき圖に中りたると存候。左衞門佐罷向つて一擧に勝負を決すべし、と申しければ、後藤又兵衞、如何…
- p01…と申しければ、後藤又兵衞、如何にも此謀然るべう存候。されども眞田殿をもて夜討の大將とせんに、萬に一も討死有らん時人々力を失ひ候…
- p01…死有らん時人々力を失ひ候なん。今度國々の諸浪人馳集る事、偏に眞田殿一人を目當に仕候。夜討をば斯く申す又兵衞罷向ひ候はん、と言へ…
- p01…を目當に仕候。夜討をば斯く申す又兵衞罷向ひ候はん、と言へば、眞田、兎角我罷向ふべし、といふ。後藤は有無に、後日の合戰大事なれ…
- p01…角我罷向ふべし、といふ。後藤は有無に、後日の合戰大事なれば、眞田殿殘り止られよ、と爭論して、終に一決せで止みけるとなり。…
藤堂家合戰渡邊勘兵衞功名の事竝渡邊始末の事 卷之二十一 · 1
- p03…の煙にて城中に引入る敵を妨ぐるの術なり。此時高虎兵を進めば、眞田も毛利も城中に歸り入る事を得まじきに、と世に言ひしとぞ。直孝…
大坂夏陣井伊家の士小笠原傳兵衞手柄の事 拾遺 卷之三 · 1
- p01…口へ秀賴の瓢簞の御馬印出かゝりたる時、關東方に秀賴の御馬出、眞田左衞門佐先手にて切懸るといふ風說あるといなや、關東方の惣軍何の分ちも…
大坂夏御陣眞田左衞門佐幸村勇戰の事 拾遺 卷之四 · 17
- p01…大坂夏御陣、五月五日のあさ眞田左衞門佐幸村が物見馳歸りて、旗三四十本人衆二三萬許國府越より此方へ越來り…
- p01…府越より此方へ越來り候、と告ぐ。是伊達陸奧守政宗の軍勢なり。眞田が士卒、すはや此陣を押出し給ふか、と勇む氣色なり。されども障…
- p01…不分明候が、龍田越を押下り候、と告ぐ。是松平上總守忠輝なり。幸村虛眠して居けるが、目を開き、よし〱如何程も來させよ。一所に集…
- p01…明寺表に陣をとり、明れば六日の早旦野村邊に至り、渡邊內藏助糺は幸村に先達て、水野日向守勝成と戰ふ。糺は勝成を切靡くる事五六十…
- p01…鬪三度に及んで糺は深手を蒙り、脇に備を引取り、そなへを立直し、幸村へ使を以て、只今の迫合に疵を蒙り候故、御人數駈引の妨と存じ…
- p01…橫を討たんとする勢を見せ候へば、味方の一助たらんか、と申遣す。幸村、御働目を驚候。是より我等受取候、と答ふ。備を進むれば正宗…
- p01…前後は岡にて上平なり。中間十町許低くして、道左右田疇に連れり。幸村已に兵を前めんとする時、令を下して冑を著せず、鎗を取せず、…
- p01…の傍に引添せて、下知せん時を待せたり。敵合十町許になりければ、幸村使番を以つて、冑を著せよ、と云ふ。爰に於て皆持せ置きたる冑…
- p01…、勇勢新に加り、兵氣益盛なり。敵合已に一町許にならんと思ふ時、幸村又使番を以つて、鎗を取れ、といふ。諸士手々に鎗を取りて穗先…
- p01…かなる堅陣剛敵なりとも打碎かん、と別に魂を入れたるが如し。此時幸村が先手半過ぎ岡の上に押上りたる處に、政宗の騎馬鐵炮八百挺を…
- p01…、火藥の光電に似たり。煙は忽雲霞となりて丈尺の間も見えわかず。幸村先手の士混々と打斃されて、死傷するもの多かりしかども、一足…
- p01…足も退心のなかりしが、冑を著鎗を取りたる氣勢の壯なるが故なり。幸村煙の中より、先手に爰をこらへよ、大事の場ぞ。片足も引かば全…
- p01…と下知する聲耳に徹し、鎗の柄をにぎり、平伏になりてこたへたり。幸村下知して、炮聲の絕間に十四五間程づつと走行き居敷き、炮聲の…
- p01…に十四五間程づつと走行き居敷き、炮聲の絕間に又如斯す。此時、幸村が鎗さきより一尺進みたるものあらば、今日第一の功とせん、と…
- p01…せずと云ふ事なし。此時騎馬鐵炮の士馬を入れんと駈寄せけれども、幸村の先鋒近々と備へて折敷きたりと見て漂ふ所に、煙も稍薄くなれ…
- p01…の先鋒近々と備へて折敷きたりと見て漂ふ所に、煙も稍薄くなれば、幸村此しほ合をや計りけん、大音上げ采配を振つて、蒐れ、と言ふ。…
- p01…むれども不果。勝成は小勢なれば獨たゝかふ事不能して止みぬ。幸村未の刻迄合戰を待居たりしが、夫より繰引に引きとれり。其體肅…
この索引は編者の判断による比定を含みます。詳しく