織田德川北條の三將上田城を攻落さんとて押寄せけるに、何分にも眞田が智謀に當り難ければ、是非なく遠攻に致しければ、是れには昌幸困じ果て、斯くては所詮糧食に事を缺かん程に、籠城は心元なしと患ひけるを、忰幸村は冷笑ひ、今宵某敵兵を欺き必ず一汗流させ申すべし。又君には本丸に在て篤と幸村が計らひを御覽あれ、と申しければ、昌幸、然らば汝宜しく計らへ、と申しける。昌幸が大膽幸村が不敵何れも類ひ稀れなる英智なり。幸村は夫れより松浦七郞、荒川勝藏、畔柳九藏、海野六郞兵衞、望月太郞左衞門等に命じて城の後の山續きへ炎々と松明を點させ、上田の城より越後路へ落ち行く體を示しければ、三方の寄手之を見て、偖は眞田昌幸籠城叶ひ難きを察し、越後路へ落行く者ならん。いざや追駈け武具を剝ぎ取るべし、と一犬虛を吠ゆれば萬犬實を傳ふるの習ひに、一人斯くと言ひ出せば聞く者之れに附會し、是れ眞田は上杉が方へ落行くと覺えたり。如何樣追駈け高名せん、と思慮淺き面々、我れも〱と三方より松明を目的に進み近きて見れば、呆然々々唯此處彼處に松明の結ひ附けしのみにして更に人なければ、這は不審と眉を顰めしが、斯くては長居も無益なり、とて諸勢は陣に立歸らんと今來りし道へ差掛りしに、這は那に、道は一面火炎となりて歸るべき樣も無かりければ、諸勢は大に仰天し、如何はせんと狼狽へ騷ぎ、峯を傳ひ谷に彷徨ひ、人馬上を下へと騷動して猛火の中に苦しむ樣は、地獄の責も斯くや有らんと、恐ろしなんど云ふばかり無し。斯くと見る內に、杭木に結ひ附けし松明燃盡して地に落ちければ、豫て設けし地雷火一度にどつと發したるにぞ、何條以て堪るべき、山は皆火炎となりて燃上る。是に依て織田德川北條の軍勢燒死する者數知れざりける。