常山紀談本文データベース

目次 › 卷之九 › e213

○氏鄕佐々木が鐙を細川忠興に贈らるゝ事附黑塚の歌の事

卷之九 第19話 · 段落 4 · NDL 1078984 168コマ R

人物地名家(氏)官職日付索引へ

氏鄕の許に佐々木が鐙と言へる名高き器有り。細川忠興いと懇に、我に賜はれと乞はれしかば、亘理某、是は世久しく傳はる物にて候。似たる鐙を贈り給へ、と言ひければ、氏鄕、
なき名ぞと人にはいひてやみなまし心のとはばいかゞ答へん
蒲生は元江州の士にて、佐々木の臣なり。氏鄕伊勢松坂十二萬石なりしが、後會津を賜りける時は四十歲の頃なり。佐々木承禎が子四郞、太閤の時僅二百石與へ、太閤の咄の席に呼出されしが、伏見にて太閤の前より退出する時、氏鄕昔の故に四郞が刀を以て從はれしとなり。又安立郡に川あり、向うに黑塚あり。安立は氏鄕の領地なりしに、黑塚は伊達政宗の領地なりとて爭の有りしに、氏鄕、平道盛の歌に、みちのくの安立が原の黑塚におにこもれりといふはまことかと詠める事有り。如何に、と申されしに、聞く人、黑塚は安立が原に屬したる事分明なり、とて政宗爭を止めてけり。