索引:地名 › 山城国伏見
山城国伏見
本文表記 伏見
戶田半右衞門山口小辨佐々淸藏功名の事 卷之五 · 1
- p01…るが、面に血を濺ぎ髮の亂れしを、見る人殊に惜み合へり。小辨は伏見の賤き者の子なれ共、美少年にて呼び出されけり。…
氏鄕佐々木が鐙を細川忠興に贈らるゝ事附黑塚の歌の事 卷之九 · 1
- p04…が子四郞、太閤の時僅二百石與へ、太閤の咄の席に呼出されしが、伏見にて太閤の前より退出する時、氏鄕昔の故に四郞が刀を以て從はれ…
酒井金三郞本を忘れざる事 卷之九 · 1
- p01…原吉丸、酒井金三郞共に東照宮の近習に仕へ申しけり。伏見にて御庭に出させ給ふ時、原御太刀を持ちて庭に下り、草履はくに…
豐臣關白五腰の刀の主を察せられし事 卷之九 · 1
- p01…秀吉伏見にて或日廣間に出でられしに、五腰の刀を見て、試に其名を言はん…
關白秀次公生害の事附吉田修理が事 卷之十一 · 4
木村常陸介最後の事 卷之十一 · 1
- p01…、木村常陸介師春撿使の松田勝右衞門に向ひ、今度關白聚樂を出て伏見に赴かせ給はんと定められし時、師春申しぬるには、太閤御對面だ…
戶川肥後守秀吉公を負ふ事 卷之十一 · 1
- p01…浮田秀家伏見にて秀吉を饗しける時、廊下より行く處の白砂の上に、戶川、花房…
秀康卿伏見にて妓女國が舞を見給ひし事 卷之十一 · 1
- p01…越前の秀康卿伏見にて、國といふ妓女を召して舞はせられし時、襟に掛けたる水晶の…
石田が黨東照宮を謀り奉らんとせし事 卷之十一 · 13
- p01…慶長三年八月十八日太閤逝去。其比台德院殿伏見に御座しまして、太閤の病重かりしかば、關東に赴かせ給はん事延…
- p01…病重かりしかば、關東に赴かせ給はん事延引なりしが、俄に十九日伏見を發して關東に歸らせ給ふ。是れ東照宮遠大の神慮なるべし。四老…
- p01…ふ。是れ東照宮遠大の神慮なるべし。四老奉行內々相計り、德川殿伏見に有りて權威日々に增長すべし。秀賴公を早く大坂へ移し、諸方一…
- p01…く成りければ、脇五右衞門などいへる物頭跪きて待ち奉りて、頓て伏見に入らせ給ひぬ。…
- p03…旨あり。依りて世の中愈樣々なる風說あり。其頃榊原式部大輔康政伏見に上るとて、二月二十五日尾州宮に著きけるが、伏見の騷がしき由…
- p03…式部大輔康政伏見に上るとて、二月二十五日尾州宮に著きけるが、伏見の騷がしき由を聞き、日夜道を急ぎて、道すがらにて聞けば、伏見…
- p03…伏見の騷がしき由を聞き、日夜道を急ぎて、道すがらにて聞けば、伏見にて、旣に東照宮の御館へ敵押し寄せたりなどと言ひ振らす。二十…
- p03…の御館へ敵押し寄せたりなどと言ひ振らす。二十六日の晚膳所にて伏見よりの飛脚に行逢ひ、未だ弓箭は始まり申さぬ、と言ふを聞き、康…
- p03…、と言ふを聞き、康政悅んで則ち膳所に陣し、秀賴の下知と稱し、伏見の騷に附き東海、東山兩道の人留すると振れさせ、勢田、矢橋を三…
- p03…勢田、矢橋を三日押留めたり。其比の騷しきに諸國より聞傳へ、京伏見に集る人殊の外多かりしに、押留められ、草津、野洲を始めとして…
- p03…康政三日の後未刻に、構へたる關所を開かせたれば、旅人一同に京伏見に入る。康政膳所を立ちて、七千許の人を率ゐて伏見へ入りければ…
- p03…旅人一同に京伏見に入る。康政膳所を立ちて、七千許の人を率ゐて伏見へ入りければ、京にて關東より數萬の軍兵馳著きたり、とひ振らす…
- p03…に設け兼ねたり、と言はせて店屋物を買ひ來らしむ。數千人、京、伏見、淀に馳廻りて、赤飯菓子酒樣の物一つも殘らず買ひ來れば、關東…
七人の大將石田を討たんとせられし事 卷之十二 · 3
下野國小山にて上杉入庵議論の事 卷之十二 · 1
- p01…時、七月二十四日、東照宮下野國小山に御著陣ありける處に、其日伏見より石田三成佐和山を出でて大坂に至り、諸大名と相謀り、亂を起…
本多正重の事 卷之十三 · 1
- p02…る事無く、常に身に薰物をとめたり。前田家にも暫有り。慶長元年伏見にて東照宮に仕へ奉りけるが、以の外に直言する人なり。或時幸若…
細川忠興の北の方義死の事 卷之十四 · 1
- p01…淚に沈まれしかば、忠興、光秀に同心無かりけり。其後程經て秀吉伏見に有りて、諸大名の北の方を呼入れて饗されし事の有りしに、忠興…
佐竹義宣國替の事竝車野丹波が事 卷之十六 · 2
井伊直孝衣服儉約の事附戰國の時質素なりし事 卷之十八 · 1
- p02…用ふべき事には吝ならざりしなり。關ヶ原一戰の後成瀨吉右衞門は伏見に有り。其子隼人正駿府に在りけるが、折節父の許に金を贈りけり…
福島正則領國を召放さるゝ始末の事 卷之十九 · 1
- p05…。領國を避けられ候へ、と申し送る。さらば左衞門大夫は程遠し。伏見に有る備後守の書簡を證據にせんや、と云はせらるゝに、父子たる…
大坂城中軍評定の事 卷之二十一 · 3
井伊木村挑戰重成討死井伊家諸士功名の事竝橫田甚右衞門藤堂高虎を激す事 卷之二十一 · 1
- p10…安藤を伏見に召し、靑江の御脇差を賜はる。又一說に、台德院殿、長三郞に黃…
孕石備前廣瀨左馬助討死の事 卷之二十二 · 5
長曾我部盛親生捕らるゝ事 卷之二十二 · 1
- p02…一說に、盛親を生捕り、伏見に參り御玄關に到る。井伊直孝、安藤對馬守、土井大炊頭列座し、…
渡邊數馬報讐始末の事 卷之二十四 · 2
石井兄弟報讐の事 卷之二十五 · 1
- p03…護、と伏拜み、伊賀の上野に出で、夫より山城の笠置の道を問ひ、伏見に赴き京に至り、諸國の一族の許に龜山にて仇打つたる由書記し言…
越前黃門秀康卿伏見御屋敷へ於國を召さるゝ事 拾遺 卷之一 · 1
- p01…伏見にて越前黃門秀康卿御屋敷へ於國といふ歌舞妓女を召して、歌舞妓…
上杉浪人門田造酒之丞物語の事 拾遺 卷之二 · 1
- p01…千安にて本條戰の時に甲を切割る。此刀正宗なり。後秀吉公御代に伏見御普請に附、本條重長在京し勝手詰り、彼の刀を賣る。本阿彌取次…
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