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○井伊木村挑戰重成討死井伊家諸士功名の事竝橫田甚右衞門藤堂高虎を激す事

卷之二十一 第14話 · 段落 12 · NDL 1078984 332コマ L

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一說に、內藤新十郞、佐久間藏人、山口左馬介、三百許面も振らず切懸り、井伊が先陣を押崩す。此時井伊家の剛の者、晴なる鎗を合する士有りといへり。山口伊豆守は川崎和泉守を討取りたり。木村重成は田の中なる小高き處に控へて下知しけるを、山口目にかけ畔を傳ひ寄りて、沼の有りけるに蹈入れて、畑の上なる重成と鎗を合せ、山口爰にて討死しけるといへり。
木村長門守重成が一陣、鎗の鉪を揃へて待ちかけたれば、川手を突伏せたり。菴原は堤の上に折敷きて居たるが、川手が倒るゝ時、腰に差したる金の麾の閃くを見、つと立上り、懸り候へ、と下知する詞の下より、八田金十郞走り出で、眞先駈けたる味方の斬伏せられたる屍を蹈越えて大音あげ、一番鎗と名乘り鎗を入れけるを、敵三十人餘取卷きたるに、えい〱と呼はり面も振らず叩き合ひたるが、取卷かれ二十一ヶ所甲冑を突裂かれ、旣に討死すべき所に、戶塚左大夫を始として冑の錣を傾け、黑煙を蹈みたてて、井伊が軍兵一同に㗢と押懸り、木村が陣を切崩す。菴原は十文字の鎗を橫たへ、進んで木村を目にかけて立向へり。木村、菴原を二鎗まで突きたりしに、菴原鎗のしほ首を握り、珠數を手に懸けたるが、念佛を唱へて野猪の暴れたるが如く、木村が鎗の下に走り入りて突伏せたり。安藤長三郞駈來りて、其首給はらんや、といふ。菴原聞きて、大坂落城日有らじ。敵の大將の首取る事易からじ。與ゆるぞ、といへば、安藤、木村が首を取り、菴原、母衣かけたる武者を討取りて、其首に母衣絹添へて奉る事軍法なり。大御所の實檢に備へんに、母衣絹に包まれ候へ、とて母衣絹を安藤に與へしかば、菴原が從者母衣の出しにしたる白熊金のねぢ竹は、菴原が許に留めけり。
一說に、陣所に馬盜有るべしと兼て警めしに、安藤長三郞、不敵者にて用心もせず馬を盜まれ、翌日の軍に、井伊家の軍兵木村と戰ひける時後れたり。敵敗北に及びて長三郞走り附きたるを、助右衞門見て、あれに腰掛けたるは能敵なり。討取れ、といへば、長三郞、動かずして死人の如くなる者討つて功名にあらず、と答ふ。菴原强ふれば長三郞步寄り、詞をかくれども、只首取れ、とのみ言ひて立上らず。長三郞則ち突伏せて首を取る。是木村重成なり。長三郞を賞して五百石與へらる。此軍に千石の賞を與へらるゝ者有りければ、長三郞憤りて立去りけり。將の首を取りたれども、其法を知らざる故賞少し、と直孝語られしとかや。長三郞は安藤帶刀の從子なり。又後井伊の家に歸り仕へて、千石の祿を與へられけり。
川手、滿座、山口は軍の場に死し、遠山は、敵の首を取りて菴原に見する、とて立ちながら死す。鷺坂は小溝の中に倒れしが、口の中に暖り有りて、百姓の家に舁入れたりしが、息出でて助かりぬ。皆敵に逢ふ事早かりしかども、軍奉行の菴原が下知無き以前故に拔駈とし、八田を一番鎗に定められ、東照宮御感狀を賜はりけり。
木村が首を御前に出すに、髮に燻きしめし奇南香の薰せしかば御感あり。木村が冑は四方白にて鍬形の立物打つたり。
菴原が子の主稅助、北ぐる敵を追駈けて組討しけるに、助右衞門馳寄りて、如何に主稅心靜にせよ。爰にて見物する、と言ひけり。主稅是に力を得、脇差を拔いて刺通し、弱る處に從者走來り、遂に其首を取る。橫地修理、西鄕伊豫是を見て、東照宮に主稅が幼年の武功を稱し申しけり。後に人々、子の敵に組みたるに援けざりしは如何に、と問ひけるに、菴原、誰も子は可愛きものにて候、とのみ答へけり。
直孝、木村と軍する時中に堤あり。又藤堂高虎も同じく敵に向ふ處に、久貝因幡守、高安筑後使をもて、敵と味方の中に堤の候。是を取らば味方勝ち申すべし。疾く御旗本を進め給ふべし、と申す。東照宮怒らせ給ひ、之程の事思慮無くて、我先陣の大將勤まるべきや。敵堤を取らば、捨てて敵に與へてこそ勝つべけれ。高虎とも覺えぬもの哉、と仰せ有りし處に、小栗又市馳來り、直孝只今敵に懸り、堤の候に、此堤を取らば勝たんと勇み候、と申す。東照宮、さぞあらん。必定勝なり、と仰せられけり。又矢尾にて藤堂が先陣敵に向ふ。渡邊勘兵衞敵と競合ひし時、高虎馬を御旗本に乘來り、御旗を寄せられよ、と申しも敢ぬに、橫田甚右衞門馬上より大音あげ、御旗を寄せられよと申すは何者ぞ。あれ追散し候へ、と罵りければ、高虎馬を乘歸る。是も激勵の術なるべし。東照宮畠山入庵を召して、關東の武者共軍に慣れて、物いふ詞の面白き、と仰せ有りしかば、入庵、只今の一言橫田ならでは、と感じ申しけり。一說に、東照宮の御旗本へ藤堂高虎乘來りて、敵の大軍押出し候、と申すを、橫田甚右衞門聞きも敢ず、何の御下知を待つことやある。疾く切崩して討取り候へ、と云ふ。東照宮、無禮なり、と怒らせ給ひ、高虎には能く見切つて、味方に手負討死無き樣に計り候へ、と仰せらるゝを、甚右衞門大音あげて、敵を殺すに味方に手負死人無き事やある。疾く切崩され候へ、と罵る。東照宮、橫田推參なり、と以ての外に怒らせ給ふ。高虎は我陣に乘歸る。和泉は見えぬか、と仰せの後、橫田を御側近く召されければ、人々如何にと手に汗を握る處に、橫田が耳に御口を寄せられ囁かせ給ひてけり。其後、如何に仰せけるぞ、と橫田に問ふ人有りしに、和泉を汝再三罵りたるは一段然るべけれども、一戰を遂げよとは、遠き御慮有りて仰せられ難きとの事にてありし由、語りけるとかや。