索引:地名 › 山城聚楽第
山城聚楽第
本文表記 聚樂
三井角右衞門生瀨平右衞門功名穿鑿の事 卷之三 · 1
- p01…べし。三井惑亂して淺見を證人にしたり、と誹り笑ふ人多し。偖て聚樂の廣間に奉行列坐して、雀部淡路守をもて尋ね問る。淺見承り、生…
秀吉東照宮に和を乞はれし事 卷之七 · 1
- p01…角力取二人は宇治の案內者なれば召具すべし。斯の如くならば秀吉聚樂を退きて大坂に引取らん所を、東寺と淸水と兩方より挾みて打破ら…
東照宮聚樂にて秀吉公に御對面の事 卷之七 · 3
伊達家の士卒異風出陣の事 卷之十 · 1
- p01…陣たり。岐阜中納言秀信を始として關東の諸將師を出さる。其道は聚樂より戾橋を大宮に押通る。政宗の旗三十本紺地に金の丸附けたる具…
可兒才藏が事 卷之十一 · 1
- p01…捨てて引退きしは、聞きしにも似ぬ才藏かな、と論じけるが、或日聚樂にて語り出して、才藏に、如何なる所存有りしや、と問ふ。才藏聞…
關白秀次公生害の事附吉田修理が事 卷之十一 · 1
- p01…如何有るべき、と問はるゝに、白江聞きも敢ず、殿下只今聚樂を出給はん事然るべからず候。此三人の中一人伏見へ參りて犯さぬ…
木村常陸介最後の事 卷之十一 · 3
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 1
- p03…北條征伐の事起れり。天正十六年八月北條氏政の使として北條氏規聚樂に參り、氏政上京すべしと雖も、上野の沼田は、天正十年德川殿と…
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