索引:地名 › 明
明
本文表記 明朝・大明・、大・る大
朝鮮蔚山の役加藤淸正敵情を察する事 卷之九 · 1
- p01…にするの巧なるや鏡に懸けて觀るが如し、と暫く見物し居し程に、明の伏勢は巧みし事空しく成りしかば、欠伸しつゝ現れ出でて、終に…
伊達家の士卒異風出陣の事 卷之十 · 1
- p02…明の援兵朝鮮に來り、平壤に有りて練光亭より日本の兵を望みしに、…
朝鮮南大門合戰附後向の備の事 卷之十 · 2
國富源右衞門組討の事 卷之十 · 1
- p01…南大門の軍に明の兵を追かけ、秀家の士國富源右衞門とて剛の者大力なりしが、爽…
太閤名護屋にて大言の事 卷之十 · 3
淺野長政諫言の事 卷之十 · 1
- p01…の軍勢を三手にして利家氏鄕に先陣させ、三道より打破り、眞直に明朝に攻入るべし。日本の事は德川殿御座せば心に懸る事なし。如何に…
和寧館合戰栗山利安武功用意の事 卷之十 · 1
- p01…田宗右衞門以下三千許和寧館豐臣家譜全義館に陣せし處に、明の援兵押寄する。其由長政に告げよ、とて書簡を書きけるを利安見…
藤惺窩秀吉公を論ぜられし事 卷之十八 · 1
- p01…、秀吉は大膽なる人なれども大心なりとは申すべからず。朝鮮より明へ攻入らんとは大膽なれども、秀信を信長の跡とは仰がれず。自立…
明の鄭芝龍援兵を乞ふ事竝稻葉正勝諫言の事 卷之二十 · 1
- p02…、長崎の奉行に告げて妻子を迎ふ。公に申して許されを蒙りたり。明滅びし時、大祖忠苗裔を福州に建てて元を隆武と號す。淸と度々戰…
大納言賴宣卿援兵の總大將を願ひ給ひし事 卷之二十 · 1
- p01…正保元年は明の崇禎十七年なり。明朝亂れ、陝西の李自成などいふ者盜賊の長となり、一揆を起し北京へ…
水戶義公御事業の概略 卷之二十四 · 1
- p01…ば、賴重卿許諾あり。松千代の弟采女綱條をも引取り養ひ給へり。明朝の遺民朱之瑜といひし文學有る者、淸朝の粟を食せじとて日本に渡…
高麗攻南大門合戰物語の事 拾遺 卷之一 · 9
- p01…高麗都南大門合戰、大明李如松三十萬騎にて來る。小早川隆景一組二萬との合戰なり。初め…
- p01…襄陽に在り。小西、大友も此城に止まる。隆景は開城府に蹈止り、大明勢三十萬を引受け、一戰して相果つべく蹈止り給ひけるを、惣大將…
- p01…陣出來、何より以て滿足なり。隆景年五十八、死しても惜からず、大明の三十萬に懸合ひ、切先より火花を散して合戰し、討死を遂げんこ…
- p01…に過ぎず。我假令討たれたりとも、日本の御弱にも成るべからず、大明三十萬を此所にて待受くべし、とて、少も動じ給はざりければ、大…
- p01…都へ入らず、南大門の外碧蹄舘に陣取り居られ候。同月二十六日、大明二十萬騎夜の內に河を渡り、都表へ推詰め候。其夜の廻番は隆景、…
- p01…左近宗茂なり。家老十𣆅傳右衞門五百餘にて曉打廻口に出づるに、大明李如松が大軍と闇紛にはたと行會ひ、立花が勢駈散らして引取り…
- p01…如松が大軍と闇紛にはたと行會ひ、立花が勢駈散らして引取り候を、大明勢追駈けしかば、十衞傳右衞門返し合せ、五百餘散々に相鬪ひ殘…
- p01…行、何れも追々に南大門口へ馳來る。夜はや明けるに、遙に見わたる大明李如松が爰去ること一里ばかり、備を段々に立てて、只今掛らん…
- p01…將李如松が旗本を突崩せしかば、隆景も正面より切懸けられ候に附、大明二十萬惣敗軍になり、首數三萬八千餘、隆景一組へ討取り候。隆…
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