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○淺野長政諫言の事

卷之十 第19話 · 段落 1 · NDL 1078984 186コマ R

人物地名家(氏)官職日付索引へ

太閤名護屋に御座して朝鮮の軍はか〲しからぬを怒り、諸大將を集め、今は秀吉自ら押渡るべし。三十萬の軍勢を三手にして利家氏鄕に先陣させ、三道より打破り、眞直に明朝に攻入るべし。日本の事は德川殿御座せば心に懸る事なし。如何に思ふ、と有りければ、東照宮聞し召し、利家氏鄕に向はせ給ひ、人多き中より撰び出されて、一方の大將たらん事面目にてこそ候へ。抑我等弓箭を取りて年寄候。斯る時に人の跡に屈み殘りたらんは口惜き事なり。必一方の先駈を承るべし、と仰せられけるに、淺野彈正少弼長政進み出て、暫く待ち候へ。殿下此年月の御振舞昔に替りて候。古狐の入替りたると存ずるなり、と申しも果てぬに太閤大に怒り、やあ秀吉が心に狐の入替りたる所謂屹と申せ、申損じなば首打落さんものを、と睨まれたるに、長政ちつとも騷がず。長政が如き何十人が首刎ねられんも何條事の候べき。抑由無き軍を起して朝鮮八道は申すにや及ぶ、日本六十餘州に父を討たせ兄弟を失ひ、夫に離れ子に先立ち歎き悲しむ者滿々たり。夫に兵粮の運送相加はり、六十餘州の內悉く荒野となる。今發向候ひなんには五畿七道盜賊發起せん事必然なり。德川殿如何に思召し候とも爭か是を防ぎ給ふべき。爰を思し召して先陣とは仰せ候やらん。殿下昔の御心ならんには、是程の事など御心附の無るべき。是唯事に非ず、一定古狐の入替りたるに候。鄙き人の詞に、人取らんとする鼈は必ず人に捕らるゝとは此事に候、と憚る所なく申し放てば、太閤、何れにもせよ己が主に斯雜言するこそ奇怪なれ、とて飛蒐らんとし給ふを、人々押隔てたり。長政はさあらぬ體にて、人々に色代して靜に座を立ちて陣所に歸る。斯る所に肥後國に逆徒一揆を企つと聞えければ、太閤大に驚き、長政を召出し、汝が嫡子左京大夫幸長罷向ひて切靜むべし、と下知せられ、本多中務大輔忠勝を添へて肥後國へぞ向けられける。