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前田利家
本文表記 利家・又左衞門・利長・前田・前田父子・加賀利家・令親利家・前田利長・、前田利・、利
長九郞左衞門能登國發向の事 卷之四 · 1
- p01…光寺使僧となりて、信長に此の由を申せば、柴田勝家、丹羽長秀、前田利家、羽柴秀吉、瀧川一益、氏家卜全等四萬許にて打立ち、八月五日加…
平松金次郞始末の事 卷之六 · 1
- p01…て傍若無人の有樣なり。賞せられしかども、猶不足に思ひけるに、前田利家の士山田出羽、其の時平一郞とて秀次に仕へしが、秀次に申して一…
前田利家末森城後卷合戰の事 卷之七 · 57
- p01…取りしに、天正十二年九月成政八千の兵を率ゐて、加州金澤の城主前田利家の士大將奧村助右衞門永福後に伊豫が守る所の能登の末森の…
- p01…酉の刻に斯と告げて、夜の明くる迄は堅く守るべし、と申し送る。利家聞きも敢へず金澤の城の廣間へ出で、利長を呼んで、汝は城の留守…
- p01…て佐々を打破るべし。殘止らん事思ひも寄らず、と申されければ、利家、然らば父子打向ひ、敵の不意を討に利有らん。軍兵を整ふるに及…
- p01…宿所に馳せ歸り、馬引き出し打乘り、諸鐙を合せて駈け行きけり。利家、士卒皆汁を掛けて飯を喰へ、とて物具せらる。庭には黑の馬を引…
- p01…掛けて飯を喰へ、とて物具せらる。庭には黑の馬を引き立てたり。利家の北の方後芳春院三方に熨斗を入れ父子に參らせられ、扨人…
- p01…敵に取られなば各達も討死し給へ。我も人手にかゝり候まじ、とて利家の側近く進み寄り、末森を敵攻め落しなば討死せさせ給へ。利長も…
- p01…長も母が此詞を能く聞かれよ。生死の別れなり、と言はれしかば、利家、あら心よや。成政を打破らん事必定なり、と言ひも敢ず、物具の…
- p01…べる端を切つて捨て馬に打乘り、父子の兵五百許に過ぎざりけり。利家馬上にて、味方の小勢は吉事なり。佐々が思ひも寄らざる所に切つ…
- p01…ぎられたる時、富田乘り來る。津幡は金澤より四里餘の行程なり。利家、汝何處くに寢て有りけるぞ、と罵らるゝを、富田聞きて、津幡に…
- p01…ば、はや門外に旗を指出し候ひぬ。何國にか寢申す可き、と言ふ。利家尙聞き入れざりしかば、富田怒つて其日の一番鎗を合せけり。是利…
- p01…家尙聞き入れざりしかば、富田怒つて其日の一番鎗を合せけり。是利家士を激するの術なるべし。利家の士卒追々馳せ附ければ三千餘りに…
- p01…怒つて其日の一番鎗を合せけり。是利家士を激するの術なるべし。利家の士卒追々馳せ附ければ三千餘りに成りけるを、二陣に分け、一陣…
- p01…に聞くに、成政山の尾崎を越え、敗軍を集め陣を立直し、見よ〱今前田と言ふ男が、勝ちに乘り陣を亂して懸り來るべし。大返にして利家…
- p01…前田と言ふ男が、勝ちに乘り陣を亂して懸り來るべし。大返にして利家を打取るべし、とて物見二騎を出せしが、乘り歸りて、敵は城を後…
- p02…、加越合戰記に見えし處、大同小異にて詳なる故併せて爰に記す。利家は加州の內石川川北能登全州を治め、金澤の城に有り。成政は越中…
- p02…人の女有りし中、一人は秀吉へ人質に出し置きたりしかば、其妹を利家の二男利政に妻す可き由を平左衞門して言せしかば、兩家緣を結び…
- p02…、成政の使佐々平左衞門金澤に赴き、祝ひの物取揃へ相贈りけり。利家篤實の人なれば、成政の奸謀有りとも知らず、引き出物して悅びの…
- p02…、とて延置き、夜々北の櫓にて軍評定せられけるに、心附きて密に利家に知らす者あり。利家虛實辨へ難しと雖も、怠りて不意の變に打負…
- p02…の櫓にて軍評定せられけるに、心附きて密に利家に知らす者あり。利家虛實辨へ難しと雖も、怠りて不意の變に打負けなば弓箭取る身の恥…
- p02…ぎざりけり。然れども村井大剛の者にて、味方を勇め立つる處に、利家馬廻りの士阿波賀藤八、江見茂十郞見廻ひに參り合せしが、急ぎ歸…
- p02…に打乘り、金澤へ四里半許なる道を只一時に馳歸り、斯と申せば、利家、然らば後卷せよ、とて不破彥三、田野村三郞四郞、片山內膳、岡…
- p02…、城を攻めずして引歸しぬ。是より和談破れければ、能州七尾には利家の弟五郞兵衞安勝、同孫右衞門良繼、高畠織部、中川淸六、長九郞…
- p02…の押とす。神保は成政の聟なり。四千の兵をもて森山を守りけり。利家斯と秀吉に告げられければ、秀吉聞きて佐々を疑ひ、加州に又左衞…
- p02…。利家斯と秀吉に告げられければ、秀吉聞きて佐々を疑ひ、加州に又左衞門を置きつるは吾謀りしに違はざりけり。利家兵少しと雖も必ず成政…
- p02…々を疑ひ、加州に又左衞門を置きつるは吾謀りしに違はざりけり。利家兵少しと雖も必ず成政に切り勝つべし。頓て師を出し、成政を討亡…
- p02…四千餘を差添へて、川尻と言ふ所に陣して、加州の道を塞ぎたり。利家末盛より告げ來ると等しく金澤を打立ち、不破彥三、村井又兵衞を…
- p04…かば城に入られしに、利長戌の刻ばかりに津幡に馳せ著かれけり。利家悅んで、吾成政と若き頃より數度の軍に逢ひつれども、利家を越し…
- p04…けり。利家悅んで、吾成政と若き頃より數度の軍に逢ひつれども、利家を越したる事一度もあらず。然れども成政侮るべきには非れども、…
- p04…多勢にて道を切り塞ぐと聞え候へば、後卷は如何候はん、と申す。利家大に怒り、汚き諫は必ず口にも出すまじき事ぞとよ。人は一代名は…
- p04…、又兵衞聞きも敢ず、有無の一戰の外何の是非か候べき、と云ふ。利家悅んで、村井が心も吾に同じ、とて早打立たれしに、右近茶漬飯を…
- p04…、且上手の占師の山伏の候。召して軍を占はせられんや、と問ふ。利家氣色良からねど、夫々とて呼出されけり。五十許の山伏なり。懷よ…
- p04…夫々とて呼出されけり。五十許の山伏なり。懷より書物を取出す。利家ともあれ後卷に決定したるよ。能見よ、と言はれしに、山伏書物を…
- p04…、山伏書物を懷に入れ、今日吉日なり、時も吉時なり、と言へば、利家、汝功者なり。頓て打勝ち賞美すべし、と快げに打出で、勇み進ん…
- p04…但馬武者奉行たりと言へり。川尻の此方一里許高松と言ふ所にて、利家冑を取つて著、忍びの緒の餘りたるを切つて捨てられしかば、偖は…
- p04…日限の軍よ、と人人生きて歸るべしと思ひも寄らず。篠原勘六とて利家の近習の士二十三に成りしが、橫根を煩ひ起臥も心に任せず。然れ…
- p04…云ひ合へり。川尻よりは津幡に人を附けて窺はするに、馳歸りて、前田父子津幡まで出でたれども、後卷有べしとは見えず、と言ふを聞きて、…
- p04…卷有べしとは見えず、と言ふを聞きて、神保は大に備を寬めけり。利家先陣に乘行きて、村井不破に濱際を一騎打に馬の舌を卷かせ、如何…
- p04…の多く候を人と見誤りたるならん。疾う〱押せられ候へ、と申す。利家、川杭とは何を證にせん、と問はるゝに、越後、されば候、武者な…
- p04…靜に見て候。是を見損じ候程ならば再び弓箭は取るまじ、と申す。利家、汝が見る所こそ正しけれ。士の手本にせよ、と悅ばれけり。偖兵…
- p04…進めて押通るに、神保是をば夢にも知らず。後れて聞附けたれ共、利家は今濱と言へる右の上なる山に兵を押附け陣せられしに、夜明けに…
- p04…と言へる右の上なる山に兵を押附け陣せられしに、夜明けにければ利家馬を乘廻し、兵粮を遣ひ候へ。今日の軍勝つべき事心易かるべし、…
- p04…ば利長七八百許、兩先陣千三百許、旗本千五百には過ぎざりけり。利家、今日の軍に功名せん輩は取分て賞すべし。若討死せば必ず子孫を…
- p04…本への道なり。村井、坪井山へ押寄せ、成政を虜にせん、と申す。利家聞きて、尤なれども、成政必ず嶮を前に當ててや陣すらん。只末森…
- p04…右衞門少も氣を屈せず、支戰ひける處に、砂山に當て朝霧の晴間に利家の馬印見えしかば、力を得勇み悅ぶ事大方ならず。今少し後卷遲か…
- p04…方ならず。今少し後卷遲かりせば城陷るべきに、運を開きしは偏に利家迅速の兵機を得られし故なりけり。村井又兵衞、田野村三郞四郞を…
- p04…佐々與左衞門を村井突伏せければ、士三十餘人枕を並べて討死す。利家の先陣佐々を討ち取り、閧を作りかけ切崩せしかば、寄手敗北しけ…
- p04…佐々を討ち取り、閧を作りかけ切崩せしかば、寄手敗北しけるを、利家見て搦手へ廻られけり。寄手にも究竟の兵餘多有りて待ちかけたれ…
- p04…搦手へ廻られけり。寄手にも究竟の兵餘多有りて待ちかけたれば、利家旗本五十騎許靜に懸りける所に、半田半兵衞眞先に進み、一番鎗と…
- p04…不便なる事を爲たるよ、と淚を流しけると後には聞えけるとかや。利家、敵の鐵炮烈し、延々にせば叶ふまじ。たゞ懸りて追崩し候へ、と…
- p04…餘多討たれて敗北せしかば、金澤の士勝閧を㗢とぞ上げたりける。利家城中に乘入りて奧村を首詞を掛け、今度籠城の働言語の及ぶべきに…
- p04…乘入りて奧村を首詞を掛け、今度籠城の働言語の及ぶべきに非ず。利家如何に思ふとも、汝が言ひ甲斐無くて城を明くるか。又攻落されな…
- p04…傳兵衞、山崎彥右衞門一度に鎗を合せたり、とて一二の爭論せり。利家、半田が眞先駈したるに冥加無く深手負、志を遂げざれども勇士の…
- p04…本へも後卷の由聞えしかば、然らば一軍せん、とて八千許押出す。利家是を見て、此勇める勢には百萬もあれ恐るゝに足ず。先陣は又兵衞…
- p04…を、物見の脇田善左衞門、野村七兵衞聞きて馳歸りて具に申せば、利家長を感ぜらるゝ事大方ならず。皆とり〲に長が志を褒立つれば、努…
- p04…かば附慕はずして止みにけり。討取りし首七百五十三とぞ聞えし。利家は成政城を攻め落さず空しく引返す事を怒り、引退く體にして津幡…
- p04…々が軍兵金の熨斗の指物したれば、坪井山は輝き渡りて見えけるを利家打詠め、天晴見事なる備立よ。頓て成政を攻亡し、我士卒に指さす…
- p04…。秀吉此勝利を聞き、日本に比類少き武功と賞せられぬるとかや。利家奧村に其日持たせられし馬印、金の切裂の采配著けられし甲冑を賜…
利家鳥越城を攻めらるゝ事 卷之七 · 8
- p01…天正十三年四月八日、前田利家金澤を打出でて鳥越の城へ押寄せらる。鳥越の城は金澤より元兵を…
- p01…が、去年末森の時城を明退きて、成政の軍兵入り替り守りければ、利家是を憤りて攻め落さんとの志なり。城兵も久瀨但馬守、其外撰みた…
- p01…も久瀨但馬守、其外撰みたる者共五百許、門を開いて突いて出で、利家の先陣を追つ立つる。利家は傍なる山の尾崎に陣して馬を立てられ…
- p01…る者共五百許、門を開いて突いて出で、利家の先陣を追つ立つる。利家は傍なる山の尾崎に陣して馬を立てられしに、味方敗北するを見て…
- p01…と言ひも終らぬに、白き羽織にて進み出でたる者の候、と言へば、利家、山崎出でたるよ。早味方勝ちたるぞ、と言はれけり。旗本の早り…
- p01…押崩して城際まで追ひ打ちにしたりけり。城兵門を指固めければ、利家强て攻めずして引返されぬ。此軍の前利家の近習の士九里少藏勘氣…
- p01…城兵門を指固めければ、利家强て攻めずして引返されぬ。此軍の前利家の近習の士九里少藏勘氣を蒙り居たるが、成政馬廻の將杉江彥四郞…
- p01…片山內膳が從卒來りて少藏を押退け、相討と云ひて首を取りたり。利家細やかに事を糺明して少藏が功名に定り、勘氣を許し鞍置馬を與へ…
信長公平手政秀を惜み給ひし事附小瀨甫菴信長記太閤記を著せし事 卷之七 · 1
- p02…手を懸けられたる由記せり。小瀨甫菴は町醫にて加州金澤に居り、利家の臣橫山山城守長知の許に心安く常に來て每夜伽しけり。長知は尾…
武藏國八王寺城落つる事 卷之九 · 5
- p01…寺の城主北條陸奧守氏昭は、小田原に有りて家臣留守したりしに、前田利家、上杉景勝攻めんとて、先に降參しける北條氏邦に使を城に遣らせ…
- p01…瑕瑾なり。氏邦が如き臆病者は一人も城中に候はず、と答へけり。利家景勝も其義に感ずと雖も、扨止むべからざれば、一萬五千の兵をも…
- p01…るに、寄手新手を入替へ攻めければ、僅十五六人に討爲されけり。利家、誰か中山緣有る、と問はるゝに、松山の降人根岸主計定直が妻は…
- p01…が妻と兄弟なり。小岩井雅樂助は中山が馭法の弟子なる由を申す。利家、疾く中山に味方に屬せよと言ふべし、とて兩人を城中へ入れられ…
- p01…るが、未だ息かゝりて有りければ、詞を交して馳歸り、斯と言へば利家大に惜まれけり。監物は切り脫けて逃げ出でけり。北條家關東の城…
大音藤藏雨森彥三郞功名の事 卷之九 · 4
豐臣關白五腰の刀の主を察せられし事 卷之九 · 2
利家白雲の琵琶を種村に與へらるゝ事 卷之十 · 3
淺野長政諫言の事 卷之十 · 2
秀吉有岡城へ使者に行かれし事附河原林越後山脇源大夫が事 卷之十一 · 1
- p02…びて重信中川淸秀の許に隱れ居たり。淸秀の妻は重信が叔母なり。前田利家、柴田勝家、丹羽長秀一萬石をもて招かれしかども引籠り居たりし…
細川忠興忠告の事 卷之十一 · 7
- p01…石田三成を始め相組する人々、加賀利家を推尊みて、東照宮を傾け奉らんと日夜相謀れり。利家の長子利長…
- p01…人々、加賀利家を推尊みて、東照宮を傾け奉らんと日夜相謀れり。利家の長子利長、細川越中守忠興を招きて、累年親みたる間薄からず。…
- p03…近習の人を屏けて、只今參る事別の子細も候はず。石田等黨を結び利家を依賴として、君を亡し申すべきと企て候。利長と年頃の親しみに…
- p03…とぞ相計られける。然れども是も始終勝を全うすべき道にも非ず。利家と和平有るに踰ゆる事候まじ。只兩人に任させ給ひ候へ、とて其翌…
- p03…身を失はんは必定にて候。斯く申す詞を許容候ひなば、疾く內府と令親利家と和睦有りて、世穩かならん事こそ然るべう候へ。是全く前田家…
- p03…く思慮して、道理に當れる事共にて候。然らば父に申さばや、とて利家に斯くと告げて利害を詳に語られけるに、利家も諾せられけり。…
- p03…父に申さばや、とて利家に斯くと告げて利害を詳に語られけるに、利家も諾せられけり。…
東照宮細川家の難を救ひ給ひし事 卷之十二 · 1
- p01…ば年頃忠興、東照宮と親しからずして、利長を諫め爭はれし故に、利家も一向我家の事思ふなりと心得て、忠興の申す旨に從はれしとなり…
前田慶次が事 卷之十六 · 6
- p02…一說に、利大は瀧川儀大夫が妻懷胎にて離別し、利家の兄藏人に嫁して、前田家に生るといへり。…
- p04…嗜み樣々藝にも達せり。滑稽にして世を玩び、人を輕んじける故、利家敎訓せらるゝ事度々に及べり。利大大息吐いて、假令萬戶侯たりと…
- p04…、心に任せぬ事有れば匹夫に同じ。出奔せん、と獨言せしが、或時利家に茶奉るべき由言ひしかば、悅びて慶次が許に來られしに、慶次水…
- p04…風呂の候。入給はんや、と橫山山城守長知をもて言へば、利家、よかりなん、とて浴所に至る。慶次自ら湯を試みて、よく候、と…
- p04…なん、とて浴所に至る。慶次自ら湯を試みて、よく候、と言へば、利家何の心も無く風呂にゆかれしに寒水を湛へたり。利家、馬鹿者に欺…
- p04…、と言へば、利家何の心も無く風呂にゆかれしに寒水を湛へたり。利家、馬鹿者に欺れしよ。引來れ、と言はれしに、慶次、松風といふ逸…
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 1
- p03…して、天正十八年秀吉師を出して小田原に打向はる。東山道の先陣前田利家確氷嶺に至り、上杉景勝は坂本に至れば、名胡桃を奪ひ取りし猪俣…
家康公駿府にて相討御吟味の事 拾遺 卷之一 · 3
筑前岩出城攻秀康御年十四歲にて武勇御心入の事 拾遺 卷之一 · 2
この索引は編者の判断による比定を含みます。詳しく