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○筑前岩出城攻秀康御年十四歲にて武勇御心入の事

拾遺 卷之一 第17話 · 段落 1 · NDL 1078984 392コマ R

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天正十五年四月一日筑前岩出城熊谷備中守居之を秀吉公一𣆅責に仰せ附けられ候。御先手蒲生氏鄕、前田利家なり。其二番備は、羽柴三河少將秀康、佐々陸奧守、水野忠重なり。山半分御上りの時、落城の間御上り候こと御無用、利家、氏鄕より申し來る。秀康御年十四歲なり。手に御逢ひ無㆑之とて、無念に思召落淚なされ候を、佐々成政深く感じ、さすが家康の御子にて候。今日手に御逢なしとて、御せきなされ候て、落淚なされ候。我にも樣々諫め申候由、家康公に似申候、と譽め申候時に、秀吉公仰せには、左樣にてなし。秀康は我養子なれば、武勇の心入は皆々秀吉に似たる故なり、と仰せられしとなり。