塙團右衞門重之、
蜂須賀阿波守至鎭の手へ夜討の時、
木村喜左衞門、
畑角太夫、
牧野湖太、
田屋右馬介四人鎗を合する。此內
田屋右馬介持道具長刀之圖。
團右衞門は、
長岡監物御宿越前守に向つて、
田屋が手前鎗を合するとは申上げられまじく、と云ふ族あり。如何、と問ふ。
御宿が曰く、鎗も樫の柄、長刀も樫の柄なれば同じことなり。長刀は鎗より短ければ、猶强き働なり、と僉議して濟むなり。
木村喜左衞門、落城の時討死、
角太夫は
稻葉美濃守正則へ抱へらる。
牧野湖太は
本多中務忠刻へ奉公、
田屋右馬介は
五郞左衞門と名を替へ、
紀伊大納言賴宣卿へ召出され、
五郞左衞門後は
田屋半右衞門と云ふ由。