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佐々成政
本文表記 成政・佐々・內藏助・、佐々陸奧・、佐々成
戶田半右衞門山口小辨佐々淸藏功名の事 卷之五 · 1
- p01…の刀を與へ、次に佐々に長光の脇指を與へ、汝が武功は誠に大功の內藏助が從子なれば、と詞を掛けらる。二條にて明智信忠を攻むる時、淸…
前田利家末森城後卷合戰の事 卷之七 · 42
- p01…瀧川一益、佐々成政等信孝を推崇て秀吉と弓箭を取りしに、天正十二年九月成政八千の…
- p01…、佐々成政等信孝を推崇て秀吉と弓箭を取りしに、天正十二年九月成政八千の兵を率ゐて、加州金澤の城主前田利家の士大將奧村助右衞門…
- p01…村助右衞門永福後に伊豫が守る所の能登の末森の城を圍む。成政旗本を以て後卷を押へ嚴しく攻むる。此城だに打破らば、能登は一…
- p01…り。此城手易く落つ可からざるを見て、火攻にせんと云ふ者あり。成政、否々大手の城門を取りて富山の城門とすべし。又石動山の衆徒も…
- p01…呼んで、汝は城の留守せよ、と下知せらる。利長、否々眞先駈けて佐々を打破るべし。殘止らん事思ひも寄らず、と申されければ、利家、…
- p01…聞かれよ。生死の別れなり、と言はれしかば、利家、あら心よや。成政を打破らん事必定なり、と言ひも敢ず、物具の上帶を締め、結べる…
- p01…兵五百許に過ぎざりけり。利家馬上にて、味方の小勢は吉事なり。佐々が思ひも寄らざる所に切つて懸り打勝つべし。奧村討たせなば生き…
- p01…陣に分け、一陣は敵の後に打懸り、一陣は敵の旗本に突いて懸る。成政軍兵疲れし上思ひ寄らざる所に、奧村も門を開きて打つて出でしか…
- p01…疲れし上思ひ寄らざる所に、奧村も門を開きて打つて出でしかば、成政大に敗北せり。是天正十二年九月十一日の軍なり。後に聞くに、成…
- p01…政大に敗北せり。是天正十二年九月十一日の軍なり。後に聞くに、成政山の尾崎を越え、敗軍を集め陣を立直し、見よ〱今前田と言ふ男が…
- p01…敵は城を後に當て、靜り返りて懸り來るべき物色候はず、といふ。成政謀違ひけり。…
- p02…記す。利家は加州の內石川川北能登全州を治め、金澤の城に有り。成政は越中の守護にて、新川郡富山の城に有りしが、越中立山さら〱越…
- p02…東美濃へ出で、秀吉と織田家の弓箭、大敵に手易く勝ち難からん。成政、北國より攻登りて前後より挾み打ちて秀吉を亡しなんには、加賀…
- p02…又さら〱越より富山に歸り、佐々平左衞門、神保安藝守と相計り、成政の二人の女有りし中、一人は秀吉へ人質に出し置きたりしかば、其…
- p02…兩家緣を結び目出度し、と言ひ合へり。天正十二年七月二十三日、成政の使佐々平左衞門金澤に赴き、祝ひの物取揃へ相贈りけり。利家篤…
- p02…門金澤に赴き、祝ひの物取揃へ相贈りけり。利家篤實の人なれば、成政の奸謀有りとも知らず、引き出物して悅びの上、村井又兵衞を謝禮…
- p02…知らず、引き出物して悅びの上、村井又兵衞を謝禮の使とせらる。成政、八月は忌み候、とて延置き、夜々北の櫓にて軍評定せられけるに…
- p02…、千五百餘りにて守らしめん爲め柵を附け廻る處に、八月二十八日成政より佐々平左衞門、前野小兵衞に五千の兵を指添へて押寄せたり。…
- p02…具し、貝を吹せ揉に揉んでぞ急がれける。折しも大雨降りしかば、成政の兵も一時に攻破り難しとや思ひけん、城を攻めずして引歸しぬ。…
- p02…右近、越中の堺鳥越には目加田又右衞門、丹羽源十郞を籠めたり。成政も倶利加羅の嶺に城を構へ、佐々平右衞門二千餘、利波の城には前…
- p02…、神保安藝守氏春の家老袋井隼人に守らせて七尾の押とす。神保は成政の聟なり。四千の兵をもて森山を守りけり。利家斯と秀吉に告げら…
- p02…もて森山を守りけり。利家斯と秀吉に告げられければ、秀吉聞きて佐々を疑ひ、加州に又左衞門を置きつるは吾謀りしに違はざりけり。利…
- p02…衞門を置きつるは吾謀りしに違はざりけり。利家兵少しと雖も必ず成政に切り勝つべし。頓て師を出し、成政を討亡すべきよ、とて使者に…
- p02…けり。利家兵少しと雖も必ず成政に切り勝つべし。頓て師を出し、成政を討亡すべきよ、とて使者に黃金三十兩與へられぬ。九月十一日成…
- p02…政を討亡すべきよ、とて使者に黃金三十兩與へられぬ。九月十一日成政末盛へ押寄せ、二里許傍の坪井山に切所を前に當てて陣し、佐々平…
- p02…城兵も爰を專途と防ぎける間、速に落つ可しとも見えざりしかば、成政後卷心元無し、とて神保安藝守氏春に四千餘を差添へて、川尻と言…
- p03…一說に、成政嚴く攻めて、二三の丸水の手を乘取り、本丸に攻詰めたり。末森の…
- p04…しに、利長戌の刻ばかりに津幡に馳せ著かれけり。利家悅んで、吾成政と若き頃より數度の軍に逢ひつれども、利家を越したる事一度もあ…
- p04…度の軍に逢ひつれども、利家を越したる事一度もあらず。然れども成政侮るべきには非れども、無二無三に一合戰して勝利を得ん事掌の中…
- p04…土井を捨殺して已來、假令日本の主となる共此恥辱雪ぐ可からず。成政大軍にも有らばあれ、吾馬廻り計にても快く軍して勝負を決せん事…
- p04…り山を下りて兵を進むるに、道二筋有り。一筋は末森の道、一筋は成政旗本への道なり。村井、坪井山へ押寄せ、成政を虜にせん、と申す…
- p04…は末森の道、一筋は成政旗本への道なり。村井、坪井山へ押寄せ、成政を虜にせん、と申す。利家聞きて、尤なれども、成政必ず嶮を前に…
- p04…山へ押寄せ、成政を虜にせん、と申す。利家聞きて、尤なれども、成政必ず嶮を前に當ててや陣すらん。只末森へ馳附け敵を追崩し、城中…
- p04…兵衞、田野村三郞四郞を始として、鎗を打入れ散々に戰ひけるが、成政先陣の大將佐々與左衞門を村井突伏せければ、士三十餘人枕を並べ…
- p04…ぞ。半兵衞は疵癒えて二千石與へ、士十五人與力に附けられけり。成政の旗本へも後卷の由聞えしかば、然らば一軍せん、とて八千許押出…
- p04…ず。淺からざる譽なり、と誓紙を添へたる書を長に與へられたり。成政如何に思ひけん、打出したる兵を引き纏ひ、山に添うて引退く。折…
- p04…。折しも武者修行して來り居たりし本多三彌は、無二無三に掛りて成政を討ち取るべきに、と云ひけれども、猛將の成政なればこそ手輕く…
- p04…無二無三に掛りて成政を討ち取るべきに、と云ひけれども、猛將の成政なればこそ手輕く引拂ひたれ、と人々言ひしかば附慕はずして止み…
- p04…慕はずして止みにけり。討取りし首七百五十三とぞ聞えし。利家は成政城を攻め落さず空しく引返す事を怒り、引退く體にして津幡の城へ…
- p04…破村井を先陣として濱邊に指掛り、津幡に馬を入れられしかども、成政は津幡に押寄せずして引取りけり。佐々が軍兵金の熨斗の指物した…
- p04…に馬を入れられしかども、成政は津幡に押寄せずして引取りけり。佐々が軍兵金の熨斗の指物したれば、坪井山は輝き渡りて見えけるを利…
- p04…山は輝き渡りて見えけるを利家打詠め、天晴見事なる備立よ。頓て成政を攻亡し、我士卒に指さすべきよ、と言はれけるとぞ。秀吉此勝利…
利家鳥越城を攻めらるゝ事 卷之七 · 2
蒲生氏鄕の陣夜討の事附氏鄕金の三階菅笠の馬印を免されし事 卷之九 · 1
- p01…鄕金の三階菅笠の馬印許され候へ、と申されしに、秀吉、夫は聞る佐々成政が馬印にて容易くは免し難し。今度小田原の武功によりて望む所に…
利家白雲の琵琶を種村に與へらるゝ事 卷之十 · 1
- p01…ふ名物の琵琶を贈られしかば、其志にや引かれけん、利家に仕へて佐々成政と越中朝日山の合戰に、目を驚かす功名を遂げたり。其後淺野長晟…
加藤淸正の北の方大坂を忍び出でられし事 卷之十五 · 1
- p01…しに、關ヶ原の軍破れしかば、思はざるに難を遁れけり。大木元、佐々成政に仕へ後淸正に仕へ、才畧篤實兼備へし者なれば、淸正寵愛厚かり…
家康公駿府にて相討御吟味の事 拾遺 卷之一 · 2
筑前岩出城攻秀康御年十四歲にて武勇御心入の事 拾遺 卷之一 · 2
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