同時蒲生氏鄕金の三階菅笠の馬印許され候へ、と申されしに、秀吉、夫は聞る佐々成政が馬印にて容易くは免し難し。今度小田原の武功によりて望む所に任せん物を、と言はれしかば、氏鄕今度の軍に人の目を驚すか。去らずば討死と思ひ定め、繪像を描せて日野の菩提寺に籠め打ち立たれける。斯て五月三日の夜掻曇りけるに紛れ、城中北條十郞氏房が持口より夜討をしたりけり。氏鄕も、今夜は夜討入る可きよ懈るな、と下知せられしに、果して廣澤兵庫秀信助重一作大將にて押寄せたり。氏鄕の物見の兵町野萬右衞門に行逢ひぬ。弓取直し指詰め引詰め射けれども、叶はずして引返せば、敵進み來て柵の木を打破る。蒲生源左衞門鄕成、田丸中務直政、町野右近幸知切つて出で、爰を專途と戰ひけり。氏鄕銀の鯰の尾の冑の緒をしめ、
○蒲生氏鄕の陣夜討の事附氏鄕金の三階菅笠の馬印を免されし事
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兼て一丈餘の鎗を設け置かれしを提げ、追立て〱進まれけるに、廣澤兼て鐵炮を後陣に並べ置きたれば、追來る寄手を打立てけり。廣澤は聞ゆる剛の者なるが、鎗を橫たへ片足を堀の中へ踏入れ、大音上げ、一鎗參らん、と呼るを、氏鄕聞きて飛びかゝり突合ひければ、蒲生左衞門鄕可、同五郞兵衞鄕治、佃又右衞門等駈け來り喚き叫んで攻戰ふ。廣澤は、今宵夜討の大將廣澤兵庫一番鎗、と高らかに呼りけるを、氏鄕目にかけて、堀の中に飛入りて擊取らん、と面も振らず冑の錣を傾け、鎗を取延べ叩き立てられしに、敵兵二人氏鄕の鎗を取らんとする事七八度に及びしかば、氏鄕廣澤をば討漏されけり。寄手餘り激しく戰ひければ廣澤も叶はじとや思ひけん、城を指して引退く。氏鄕何處迄もと云ふ儘に先に進んで追はれしかども、門を閉ぢて鐵炮を打出せば、引返されしに、冑に矢二筋折掛け、物具に鎗の疵透間無く、十文字の鎗簓の如くなりしかば、秀吉感狀に彼の馬印免されけり。