關白秀次生害の後、細川忠興の家に罪蒙るべき事起れり。其子細は、秀次當時の大名財用乏しきには、潛に金銀を貸し給ふ事あり。是は人の心を攬らんが爲、且は財を利せんが爲なりけり。忠興も黃金二百枚を借りてければ、彼家金銀出納の事を司れる人、急ぎ彼の金かへし給ふべし。券契を破り捨て候べし。左なからんには太閤の奉行に券契を出すべし、とぞ申しける。忠興、如何にも叶ふ可からず。此事太閤に泄聞えなば、罪科に處せられん事疑なし。如何爲べき、と案じ煩ひ、長臣相集りて議しけるに、松井佐渡守申しけるは、某年頃德川殿の御內なる本多佐渡守正信と親しく相語らひ候。彼に附きて德川殿を賴み參らせん。德川殿はさる賴母しき人にて御座しませば、いかで是程の事にて、人の家亡びんとするを見捨て給ふ事は候まじ、と申す。忠興、我日比內府と親しくも無し、斯る事賴むに便なし。されども汝正信と親しからんには、試に計り見よ、といふ。松井、本多に云々のこと有りといふ。德川殿聞し召し、其儘松井を召され、人を退けて尋ね問はせ給ひ、正信して唐櫃二つひらかせらる。一つに黃金百枚づつを入れられたり。其の黃金の箱に題せし年月を見よ、と仰有り。正信是を考ふるに、二十一年の前未三河に御座有りし時に候、と申す。德川殿松井に向はせ給ひ、凡そ金銀は出納の司有る事にて、若し人知れず用ひんとする時に吾心に任せ難し。さればこの黃金を貯ふる事、斯る事を待つに年久し。今其の家の爲に吾年比の志達しけるこそ嬉しけれ、とて自ら是を松井に賜ふ。松井大に悅び、斯る有難き御事こそ候はね。旣に亡びんとする家の、斯再び繼ぐべく候事偏に君の御恩なり。細川が家の候はん限は、爭で此情を忘れ奉るべき。速に本國に申し下して黃金召し上せ、償ひ奉る可きにて候、と申す。東照宮聞し召し、否々此事世に泄聞えなんには兩家の禍にこそあれ。夫故に斯く人知れず用ふべき料の物取出したれ。努々償はん事然る可からず、と仰せられしかば、松井殊更に悅び、急ぎ歸りて此由を申し候はん、とて御前を立ちて出でにけり。遙經て忠興其の事となく御館に參り、御對面の序に正信を呼出し、東照宮に向ひて申しけるは、年頃忠興が家人に仰せ下されし事謹んで承り候。何事の御座します可きには候はねども、若し御家に事有らん時は、必ず君の御爲國をも身をも捨て、此度の御情に報じ奉らんずるにて候。さりながら、忠興常に伺公仕りて候はんには本意遂げん事叶ふ可からず。是より又素の如く踈々しくこそ候べけれ、とて御暇申して出でぬ。されば年頃忠興、東照宮と親しからずして、利長を諫め爭はれし故に、利家も一向我家の事思ふなりと心得て、忠興の申す旨に從はれしとなり。