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三河国
本文表記 三河・參河・三河の國・三遠・三河國
參河國伊田合戰の事 卷之一 · 1
- p01…ん、とて岡崎に引返す。案に違はず織田信秀、八千の兵を引率して三河の國に打入り、大樹寺に陣とりたり。此時內膳正信安も背き參らせ、上…
東照宮大高城へ兵粮を入れ給ひし事 卷之二 · 1
- p01…天を照し、閧の聲響き渡りて聞えければ、丸根鷲津より是を見て、三河の敵遙々と踐み越えて攻め入りたるは、如何さま故有りと覺ゆるぞ…
大久保忠俊の事 卷之二 · 1
- p01…大久保藤五郞は越前の人なりしが、武者修行して三河に來り、吾姓を讓るべきは、宇津新八郞なり、とて大久保の姓を讓…
東照宮大高城を引取り給ふ事 卷之二 · 1
- p01…も嗤ひ草たるべし。淺井を押留め置きて、味方の告を待ちて後こそ參河へは歸らめ、と仰ありて、其までは二の丸に御座せしが、本丸に入…
東照宮針崎合戰の事 卷之二 · 1
- p01…永祿七年正月十六日、三河一向宗の黨と針崎にて終日の競合あり、中根喜藏と名乘りて一番鎗…
高木主水村越與三右衞門後殿の事 卷之三 · 2
三方ケ原合戰の事 卷之三 · 3
渡邊守綱を鎗半藏といふ事 卷之四 · 1
- p02…又一說、永祿五年九月參河の八幡にて、今川氏眞と三河の軍戰有りて利非ず、二手に分れて引き退く。敵急に追駈くる。半…
酒井忠次鴟巢城を乘り取られし事 卷之四 · 1
- p01…め破らば、勝賴必ず敗北すべし、と申しも敢ぬに信長嘲笑ひ、汝は三河遠江の小競合には慣れつれど、大軍の計策は知らざりけり、と嘲ら…
芦田信蕃二股城を退く事 卷之四 · 1
- p01…勝賴長篠敗北の後、芦田常陸介信蕃二股の城を守る。三河の軍三月下旬より此を攻る。南方の山に東照宮御陣を据られ、巽の…
岡崎三郞君の御事 卷之四 · 1
- p02…れば、陳謝の事に及ばずと言へり。又一說に、佐久間右衞門尉信盛三河に參りけるに、東照宮御馳走有りけるが、三郞君を召され御對面有…
東照宮和泉國堺より御歸國の事 卷之五 · 3
秀吉東照宮の御陣へ戰書を贈られし事 卷之六 · 1
- p01…て一足も引くまじきと思ひ定めて、軍有らん事兎も角もの事に候。三河者下部に至るまで、一足も迯ぐると申す事露計も不存候、とぞ書…
秀吉東照宮に和を乞はれし事 卷之七 · 3
本多正信遠謀言上の事 卷之七 · 1
- p01…仰に從ひ候ひき。彼が內々の志は信長と朝倉と一戰有らん時、必ず三河より御加勢に御出馬有るべし。其隙を窺ひ御家の領國は己が掌の內…
東照宮細川家の難を救ひ給ひし事 卷之十二 · 1
- p01…題せし年月を見よ、と仰有り。正信是を考ふるに、二十一年の前未三河に御座有りし時に候、と申す。德川殿松井に向はせ給ひ、凡そ金銀…
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 1
- p01…けるに、甲州の浪人板垣修理、假令敵の半途を討つて利有りとも、三遠の物師共なれば、敵の後陣二の見の勝有らん、と云ひければ、昌幸…
大久保忠佐に三枚橋城を賜ひし事 卷之十七 · 1
- p01…逢うては逃げたり、と申しけるを聞召し、治右衞門を召され、先年三河にて一向宗一揆の時、忠右衞門兄弟弓を持ち、其餘數多鐵炮を持ち…
井上正就駿府へ御使の事 卷之十八 · 1
- p01…ゝならば、泰平の基と謂ふにてこそあれ。汝に物語せん事あり。我三河にて、池の鯉を鈴木久三郞が取りて烹て喰ひ、信長より賜ひし酒を…
柳生宗矩劍術御師範の事竝宗矩先見の事 卷之十九 · 1
- p01…て一向門徒に勝つ事能はず。天子の命を假りて和平になり候ひぬ。三河國の一揆も近き御家の事にてこそ候へ。大坂の時、重昌年若く候へど…
森寺藤左衞門池田家興立の事竝森寺政右衞門武勇の事 卷之二十三 · 1
- p03…の有りける中を打通りて、事故無く退出しけり。後慶長四年四月に參河にて病死したりけり。…
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