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○本多正信遠謀言上の事

卷之七 第6話 · 段落 1 · NDL 1078984 139コマ L

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太閤東照宮を饗禮有りしに、かけ盤を始め器不㆑殘葵の御紋を蒔繪にし、誠に美を盡したる次第なりしを、東照宮本多正信に語らせ給ひ、如何なる思慮や有らん。吾も亦遠き慮有る可きなり、と仰せられしかば、正信承り、されば候。小笠原與八郞氏次は勇將の譽世上に聞え候て、誰々も旗下に附けばやと志し有りしに、氏次同心仕らで御家の旗下仰に從ひ候ひき。彼が內々の志は信長と朝倉と一戰有らん時、必ず三河より御加勢に御出馬有るべし。其隙を窺ひ御家の領國は己が掌の內に握らんと存じ候て、僞りて二心無き有樣に候ひし。彼が計りし如く姉川の合戰信長援兵を乞はれしに、小笠原を先陣に命ぜられし故、心中に挾む所有りと雖も、辭すべきやう無くて姉川にて御勝軍なりき。小笠原が二心無き體に見えしに、御乘りながら御心に乘せられぬ所有りし故、姉川の先陣小笠原と御定め有りて彼が支度相違せり。人の乘する所を乘らじとするも一物有て候。乘する處を乘りながら乘らぬ心有るを善しとす。豐臣家の乘する所の謀にてあへしらはせなん事然る可し、と申しければ、東照宮、尤なり、と深く信じ給はせけり。