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○岡崎三郞君の御事

卷之四 第31話 · 段落 3 · NDL 1078984 93コマ L

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忠次を信長召し寄せて、三郞君の北の方より告げ申されし十二條の惡事を擧げて忠次に問はれしに、忠次是れより前三郞君の侍女、おふうと言ひし美人を密に己が妾とせし事によりて、三郞君憤深かりければ、陳謝の事に及ばずと言へり。又一說に、佐久間右衞門尉信盛三河に參りけるに、東照宮御馳走有りけるが、三郞君を召され御對面有りしに、佐久間黃なる綿帽子を冠り居たるを、三郞君引奪ひて投げ棄て、無禮なり、と怒らせ給ふ。東照宮驚き思召しけるに、三郞君、我は信長の婚1にてこそあれ、と仰せられしかば、佐久間無禮を謝し申せしが、是れも信長に讒言せし故とも言へり。三郞君は勇氣逞しく極て物暴く御座まして、軍に臨みて氣色變り髮毛も逆に立つべく見えしを、東照宮御覽じて、摩利支天の像に似たり、と仰せ有りしとぞ。
  1. 誤植 — 底本「婚」。振り仮名「むこ」から「婿」の誤植か。
平岩七之助親吉は三郞君の傅なりしかば、臣が諫め申さざる罪を以て死刑に行れ、首を信長に贈り、三郞君をば獄に押籠め置いて、時を御待ちあれ、と申しけるを、東照宮、汝が忠心は誠に言ふべき詞も非ざれ共、よく察せよ。武勇我に勝れりと思ふ子を殺すは忍びざるの至なり。汝が首を信長に贈るとも、旣に吾が家の長臣酒井が信長に飽くまで惡く言ひつると覺えたれば、なかなか聞き入れられじ。汝を殺さば恥の上の恥損の上の損とは是なるべし、と仰せられけるとぞ。其後年經て忠次目を煩ひて久しく引籠りたりしが、御前に出で、年老候ひぬ子を不便にせさせ給へ、と申しけるを聞召し、信康生きて有るならば斯許心を勞すまじきに、汝も子の不便なる事を知りたるが怪しき、と仰せられしかば、言無くて退出したるとなり。又或時幸若大夫が滿仲を舞ひたりしを御聞き有りて、滿仲の舞は大久保は得見まじ、と仰せられしかば、忠世も引籠りけり。之は三郞君を忠世に御預け有りしに、定めて引き具し參らせて片陰の山林に身をひそめなんと思召けるに、然は無かりける故、三郞君の御事を悔ませ給ふ折々御詞には出ざれ共、事に觸れ數年の後も愁傷の色現れさせ給ひけるとぞ。