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○秀吉東照宮の御陣へ戰書を贈られし事

卷之六 第19話 · 段落 1 · NDL 1078984 127コマ R

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東照宮の小牧の陣を、秀吉二重湟の城の櫓に上り見遣りて、高山右近大夫幸任を呼で、小牧に書翰を送り一戰せんと思ふなり。十三萬の軍兵陣を整へて押出し、後に柵の木結ひて引退かざる手立せんは如何に、と云はれしかば、高山、是は思召し止らせ給へ。小牧よりの返書必ず怒らせ給はん事を申し來るべし、と云へ共、秀吉增田長盛に書翰を書かせ、長岡忠興に、敵陣の木戶なる道に立てよ、と下知せらる。高山色を變じ、仰なりとも行くな、とぞ制しける。秀吉、忠興は弓箭の激しき所へは思ひも寄らじ。剛の者を使にせん、と言はれしかば、忠興高山を睨みてつと立つて馬に乘り、竹に書翰を挾み乘行きて、村立つたる松原の小塚の上に押立て歸るを見て、秀吉悅ばる。稍有りて小牧の陣より月毛の馬に乘り、紅の母衣掛けたる武者書翰を取りて歸る。暫時有りて金の枇杷箆の指物さし、鹿毛なる馬に乘りたる武者、書翰を竹に挾み、元の所に立ててけり。彼れ取來れ、と言はれしかば、忠興又馬に乘り馳せ行きて取り歸るを、秀吉披きて讀るゝに、東照宮の返書にはなく、渡邊半藏重綱、水野太郞作正重が書簡にて、其詞に、後に柵結ひて一足も引くまじきと思ひ定めて、軍有らん事兎も角もの事に候。三河者下部に至るまで、一足も迯ぐると申す事露計も不㆑存候、とぞ書きたりけり。秀吉讀みも終らず怒られければ、高山、されば斯く候はんとて申したる事よ、と居丈高に成りて申す。秀吉冷笑ひ馬率出させひたと乘り、僅四五騎許にて松原の小塚に上り、臀を打ち叩き、敵の大將是喰へ、と大音に呼はるを、小牧より唐冠の冑に孔雀の尾の羽織著たるは秀吉よ。剩すな、とて鐵炮を打ちかくる。秀吉、天下の大將軍には矢の中る物かは、と言ひて、靜々と歸られけり。