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増田長盛
本文表記 長盛・增田長盛・增田・殿・增田殿・增田右衞門尉長盛
秀吉東照宮の御陣へ戰書を贈られし事 卷之六 · 1
- p01…牧よりの返書必ず怒らせ給はん事を申し來るべし、と云へ共、秀吉增田長盛に書翰を書かせ、長岡忠興に、敵陣の木戶なる道に立てよ、と下知…
伏見落城の事附鳥居忠政雜賀孫市を饗されし事 卷之十四 · 6
- p01…斯くて石田兵を起せしかば、伏見を攻むべきや、と評定しけるに、增田長盛、城固うして而も內府の內に名高き者共あれば、容易く落つべから…
- p01…ず。先謀りて見ん、とて山川半平を使にしけり。元忠對面すれば、增田が申し候には、今度輝元、秀家、景勝德川殿と弓箭をとり、九州中…
- p01…九州中國の諸大名皆同心せられ候。斯れば此城を請取り申すべし。長盛久しく德川殿の御親み深く候へば、此事然る可しとは存候はねども…
- p01…し時、固く守り候へと申して候に、敵に渡し候事は存じも寄らず。增田殿は內府に親有る故、斯る事を述べらるゝ旨心得られず候。若おめ〱…
- p01…可き事とも存ぜず。疾く寄せられよ。討死せん、と答へしを返りて長盛に告ぐる。側に渡邊勘兵衞有りしが、熟々聞きて感じ入りて頻に淚…
- p01…渡邊勘兵衞有りしが、熟々聞きて感じ入りて頻に淚を流しければ、長盛も我も惜き人を殺さん事の嘆かしき、とて共に淚を流しけるとぞ。…
增田兵大夫討死の事 卷之二十一 · 3
藤堂家合戰渡邊勘兵衞功名の事竝渡邊始末の事 卷之二十一 · 7
- p02…を、夫をも辭しければ、蓮生院鹿毛といふ馬を了に與へらる。其後增田長盛に奉公せしが、關ヶ原の時は大和の郡山の城に在り。關ヶ原の軍破…
- p02…へずば出奔せん、といふ。了大に怒りて、城中の藏に有る金銀は皆殿の物なり。殿の仰無くて爭か出すべき。且此城を墓所と思ひ定めた…
- p02…ん、といふ。了大に怒りて、城中の藏に有る金銀は皆殿の物なり。殿の仰無くて爭か出すべき。且此城を墓所と思ひ定めたる身の、金銀…
- p02…。藤堂高虎、本多正純、郡山に押寄せて、此時長盛は高野にて殺されしなど言振らす。大坂より馳來る士卒を合せて九…
- p02…て心々に成る事常なるに、了が下知より鎭りて城に將有るが如し。長盛、高田遠江、山川半兵衞に書簡を持たせ、城に庫の物を添へて目錄…
- p02…、武士の義理と申す物に候。若城中の庫の物一つも失ひなん時は、增田が士共は、盜をして出奔したりと申されん事口惜く候て計ひき、と…
- p02…かせ、殿して城を出で大安寺に至り、夫より皆人々分れ去りけり。長盛高野にて了が下知せし始終の有樣を聞き、九千の軍兵馬も凡八百匹…
高麗攻南大門合戰物語の事 拾遺 卷之一 · 1
- p01…蹈止り給ひけるを、惣大將備前中納言秀家卿、石田治部少輔三成、增田右衞門尉長盛、大谷刑部少輔吉隆より飛脚を以て、早々都へ引取らるべく候。大…
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