增田兵大夫は
長盛の子なり。
大坂冬の軍に城中弱ると聞けば淚を流し、寄手の攻めあぐみたる、と人言へば大に喜びけるを、
東照宮聞し召し、誠に
長盛が子なりけり。
豐臣家の恩を忘れざる志尤なり、と感じ仰せられ、夏の軍に御赦を蒙り、城中に入り、
秀賴より賜りたる赤地の錦の羽織を著、
若江の軍敗軍の中に獨蹈止り、
澤田但馬が從者と引組んで組敷きたる處に、
藤堂高虎の士母衣の者
磯野平三郞走り寄りて討取り、其首を得たれども名を知らず。刀を分捕したるが、
秀吉より
長盛に給はりしもの故、
兵大夫とは知られしとぞ。