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○靑木長屋生捕らるゝ事竝井伊家赤備の來由

卷之二十一 第17話 · 段落 2 · NDL 1078984 335コマ L

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木村が一陣敗北しける中に、靑木七左衞門黑母衣かけ、長屋平大夫は白母衣かけて、直孝の兵の中に紛入りしに、井伊家の赤色の物具に違ひたれば搦め取り、東照宮の御前に引參る。長屋は今福にて一番鎗を合せ、靑木は今日西郡にて一番首を取りたり、と名乘り申す。其體天晴剛の者よと見えしかば、二人共救けられ、美濃にて各五百石の祿賜はりけり。
井伊家の赤き物具は、直政の時より始れり。甲斐の武田家の士大將山縣三郞兵衞昌景が一陣の軍兵、皆一色に赤かりしを、東照宮御覽じて好ませ給ひ、直政に仰せられて、甲冑を始め旗指物鞍鐙鞭にいたるまで、皆一色に赤色なり。夫より後も斯くの如くなりし故、井伊の家に新に奉公する士有れば、武具奉行軍令を見せて、物具皆新に赤色にして、百石に二十兩具足櫃に納め、奉行の士受取りて城中の庫に入置き、其價は祿の內より返しけり。此故に井伊家の武備缺くる事なし。若去つて他國に行く士有れば、奉行の士武具を返し與へけるとなり。井伊家の軍令とて、赤色の武具の事錄せる書も、今世に傳りけり。