索引:地名 › 美濃国
美濃国
本文表記 美濃・濃州・東美濃・西美濃
石川數正淺岡某に鞢の緒の結び樣を習ふ事 卷之三 · 1
- p01…の加勢として遠州に向ひけるが、武田押寄すると聞き取つて返す。美濃の守護土岐家に有りと言ふ淺岡の某、弓箭を取りて然る古兵と聞え…
多田久藏が事 卷之四 · 2
信忠慧林寺を燒かるゝ事 卷之五 · 1
- p02…又禪僧の語り傳へしには、快川濃州に在りし時、信長招待すれ共肯はず。今川の家に行きて今川家を輔…
東照宮和泉國堺より御歸國の事 卷之五 · 1
- p02…宇治より木幡越を江州高島に至り、濃州に赴き甲州に歸るべき旨を申して引き別れしが、一揆の爲に山城の…
戰國の士功を讓る事 卷之六 · 2
前田利家末森城後卷合戰の事 卷之七 · 1
- p02…が、越中立山さら〱越の難所を、僅に從者百許にて忍びて打通り、東美濃へ出で、秀吉と織田家の弓箭、大敵に手易く勝ち難からん。成政、…
秀吉東照宮に和を乞はれし事 卷之七 · 1
- p01…にて勢揃せんこそ望む所なれ。鳴海表にて一軍參るべし。然らずば東美濃に打出て土岐、遠山、惠奈三郡を切り取べし、とて鞭を指上げられ…
上杉景勝大人氣なる事 卷之九 · 1
- p01…臣秀賴の命を矯り、毛利、浮田、島津、小西諸將と倶に兵を擧げて美濃路に差懸りける。家康此由を聞きて大に驚き、家康子秀康をして萬…
道化淸十郞平野與兵衞に對面の事 卷之十一 · 1
- p01…道化淸十郞は美濃の人にて、信長に仕へて度々武功勝れたる故に、信長淸十郞が指物…
岐阜城攻の事 卷之十二 · 1
- p01…、內府の御緣者なり。讓られ候へ、と有りければ、正則は尾越より西美濃に入りて大手に向ひ、公は河田の渡より寄せさせ給ふに定りけり。…
安養寺門齋三成を生捕らんとせし事附姉川合戰の時門齋生捕られし事竝遠藤喜右衞門討死の事 卷之十四 · 1
- p04…し。今日決斷せられ候へ。臣信長を刺殺し申すべし。其勢に乘りて美濃に攻入り候へかし、と云ふ。長政聞きて、一度約して變ぜん事本意…
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 1
- p10…斯くて力攻にせられば人死傷せん。早く美濃に赴かせ給ふに如じ、と評定有り。森右近大夫忠政を上田の押とし…
靑木長屋生捕らるゝ事竝井伊家赤備の來由 卷之二十一 · 1
- p01…と名乘り申す。其體天晴剛の者よと見えしかば、二人共救けられ、美濃にて各五百石の祿賜はりけり。…
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