常山紀談本文データベース

目次 › 卷之六 › e167

○戰國の士功を讓る事

卷之六 第25話 · 段落 1 · NDL 1078984 129コマ L

人物地名家(氏)官職日付索引へ

稻葉治左衞門は美濃齋藤家の士、戰場にて必ず眞先に獨進み出、芒の如くなる所に居ける故、世の人是を芒の治左衞門と言ひけり。澤喜藏は美濃飛驒に隱れ無く、若き頃より功名有り。芋がら畠の鎗澤一番なり、と言ふを、吾には非ず稻葉なり、と云ひて、互に讓りて決せず。澤は早く進みたれども稻葉が母衣の手をしむる隙に先に乘込だり。實は一番稻葉なり、といふ。人皆是を賞しけり。有吉武藏が足輕鐵炮に鎗を持ち添へて鐵炮を搏ち、其上に壹番鎗を合せたるが、吾一番に非ず、園部儀大夫が母衣の手を締むるを見て駈け出でぬ。園部が一番なりと讓りしと同じ事にて、戰國に斯る士は稀なる事にこそ。