常山紀談本文データベース

目次 › 卷之四 › e091

○多田久藏が事

卷之四 第14話 · 段落 2 · NDL 1078984 85コマ L

人物地名家(氏)官職日付索引へ

同じ軍に、甲斐の士一人生虜て信長の前に引き來る。躶に緋曇子の下帶をしたり。信長名を問はるゝに、美濃の者多田久藏と名乘る。信長手を拍ちて、汝は伯父の葬禮の時火車を斬りたり、と聞けり。美濃尾張は我に親有る國なり、我に奉公せうとや思ふ。縛りたる繩を許せ、惡源太も搦られたり。弓箭取る躬の恥ならず、と言はれしかば、長谷川藤五郞傍に引き退け繩を解けば、多田脇なる鎗を奪ひ取り四五人突き伏する。長谷川其處にて首を切りて信長に出し云々なりと言へば、信長深く惜まれけり。
一說、赤地の唐織の錦の下帶したる士を生虜り來る。唯者に非じ名乘れ、と言へ共名乘らず。然ば雜人の手に掛けて殺さん。士ならば腹切らせん、と言ひしかば、多田淡路が子なりといふ。信長聞きて、淡路に久藏新藏とて二人の子有りと聞く、何ぞ、と問はるゝに、新藏なり、と申す。勇士なり救けてこそ、と有りければ、生虜と成りたる恥辱疾く首を刎ねらるべし、と乞ひたり。信長の前にて繩を解きしに、門外に立て掛けたる鎗を執り、邊の者を突き殺すによりて、遂に新藏を切殺しけり。