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井伊直政
本文表記 直政・井伊・井伊兵部・井伊兵部少輔・兵部・殿・兵部殿・井伊氏
九鬼嘉隆蟹江の港出船の事 卷之六 · 2
秀吉東照宮に和を乞はれし事 卷之七 · 1
- p01…軍兵一人も生きて歸らずば吾爲の大吉事なり、とぞ仰せられける。井伊直政を御留守居とし、此度秀吉詐を構へ變に及ぶとも危からじ。尾張大…
井伊直政關白を討たんと言はれし事 卷之九 · 2
東照宮物具の御物語附小野木笠の事 卷之九 · 1
- p01…照宮仰に、物具の美麗なるは無益の事なり。又重くするも益なし。井伊兵部は力も有りて重き物具しつれども度々手負ひしなり。本多中務はさ…
秤御定の事附壹步金辨當挾箱始の事 卷之九 · 1
- p01…宮關東御打入の後、甲州に在りける秤を造る守隨兵三郞といふ者、井伊直政に申して、關東黃金白銀等を商賣するに、定りたる秤を用ひられん…
石田が黨東照宮を謀り奉らんとせし事 卷之十一 · 3
細川忠興忠告の事 卷之十一 · 2
下野國小山にて上杉入庵議論の事 卷之十二 · 1
- p01…陣の諸大名諸將を召され、東條法印、津田小平太、本多中務大輔、井伊兵部少輔を以て、今度三成兵を擧ぐる間、定めて妻子達を悉く押籠むべし。…
岐阜城攻の事 卷之十二 · 2
小栗又市谷々見廻の事 卷之十三 · 1
- p01…存じ打廻り見て候に、上方者何の手段も無く候、と申すを聞召し、井伊兵部に下知して、宵より菅澤次郞右衞門を山陰谷々見て歸れとて遣りつ…
株瀨川合戰の事 卷之十三 · 1
- p03…敵を追崩したる有樣目を驚かせり。赤坂の御本陣より御覽ぜられ、井伊直政、本多忠勝に御下知有りて人數を纏めらる。此を株瀨川の競合とい…
島津義弘關ケ原退口の事附大坂の商賈義氣の事 卷之十三 · 8
- p01…りける。其暇に義弘又士卒を集め、列を整へ引退く時、松平忠吉、井伊直政剩すな、とて追駈けたり。義弘が兵ども種ヶ島の鐵炮を腰に挿した…
- p01…を腰に挿したるを拔出し、ひた〱と折敷きて打懸けたるに、忠吉、直政共に手負ひて、夫より物別したりけり。…
- p02…軍隔たるといへり。又河上左京が從者柏田源藏が搏ちける鐵炮に、直政中るともいへり。又松田某といふ朝鮮陣の時連て歸りし小兒の成長…
- p02…し小兒の成長したるを組にして有りけるが、鹿の角の立物の冑こそ兵部よ。打留めよ、と下知しければ、鐵炮を差向けたるに、直政眉尖刀…
- p02…冑こそ兵部よ。打留めよ、と下知しければ、鐵炮を差向けたるに、直政眉尖刀を橫たへて馬を乘り懸けられしに、彼兵松田某と名乘りて打…
- p02…玉腰骨にかすりて馬より落ちられけり。さて亂鎭りて後薩摩の許に直政を饗せられしに、直政松田を呼出し盃を指し、關ヶ原にて旣に死す…
- p02…り落ちられけり。さて亂鎭りて後薩摩の許に直政を饗せられしに、直政松田を呼出し盃を指し、關ヶ原にて旣に死すべかりし身の幸に存命…
- p02…。今日の遇饗に祿を增給はり候へ、と言はれけり。彼の物頭後に、直政の呼出されて對面に及びし時の迷惑なる、一生に覺えず、といひけ…
高次大津の城を出でられし事 卷之十四 · 1
- p02…聞召す由仰せ有りしかば、口惜く存候由いひて淚を流しけり。さて井伊、本多に向ひ、下部の申す木履に雪の附きたる如くなる御出馬に、…
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 2
井伊家の附人連署して直政を諫めし事 卷之十八 · 2
井伊直孝陣代の事 卷之二十 · 7
- p02…直孝は直政の二男にて、母は松平周防守康親の從者の女なり。直孝六つに成り…
- p02…松平周防守康親の從者の女なり。直孝六つに成りし時、母の方より直政に送りけるを百姓の許に置かれけるが、十三の時民家に盜の入りて…
- p02…、高股を切つて落されけり。斯くて人數多來りて盜をば打殺しぬ。直政に申せば呼び寄せて、冬の事なるに、北に向きたる座敷の雪の入る…
- p02…入る處に跪かせて置かれけり。雪膝を降埋めどもちつとも動かず。直政悅んで呼び人れられ、犬の子を與へられけり。十四の時直政病重く…
- p02…かず。直政悅んで呼び人れられ、犬の子を與へられけり。十四の時直政病重くて死に及ぶ時、その生先やしるかりけん、麾に甲を添へて形…
- p02…に與へらる。直孝は上州にて一萬石を賜はり、大番頭を命ぜらる。直政の長子父の跡を嗣ぐと雖も、多病にて公事勤勞し難しといへり。…
- p04…元和元年の春、直政の領國直孝相嗣がるべき旨仰せ出さる。安藤帶刀をもて再三辭し申…
靑木長屋生捕らるゝ事竝井伊家赤備の來由 卷之二十一 · 2
家康公駿府御花見の事 拾遺 卷之二 · 2
關ケ原御一戰御勝利稻次右近高名の事 拾遺 卷之二 · 7
- p01…候へども、敵味方喰止め別れかね候。大御所殊の外御怒りなされ、井伊直政兵部少輔猩々緋の羽織金の蠅取の馬印本多內記忠朝後に出…
- p01…馬印本多內記忠朝後に出雲守を御差添へなされ遣され候。直政、忠朝は中村の陣へ駈入り、早々引上申すべき旨申渡し候とき、矢…
- p01…き旨申渡し候とき、矢野助之進、林文太夫敵を追立て〱戰ひ申候。直政乘附け、何とてみだるく仕候。早々引上げ候へ、と下知致され候。…
- p01…致され候。助之進、文太夫振返り、此所をば此兩人に御任せ候へ。兵部殿、內記殿には有馬玄蕃手へ御下知候へ、と申し捨て切懸り、遂に大…
- p01…羽道監と石黑藤兵衞立堪へたり、見事に候。斯て日も暮れかゝり、井伊直政幣を取りて、中村有馬が勢を引上げて歸られ候。…
- p02…とかや。右の品實錄なりとて借求め見し故に爰に記す。然る時は、井伊氏此時の殿は相違なるにや、猶又尋ねて可書改か。…
- p03…此時、大御所は赤坂岡山の本陣より御見物なり。井伊直政人數の擧樣中々足手を使ふ樣に下知して引取り候。能見物なり、と…
同御合戰毛利秀元戰場にて東方へ返る事 拾遺 卷之二 · 1
- p01…兵部少輔、二番備黑田甲斐守、竹中丹後守、三番備下野守忠吉卿、井伊兵部少輔、本多中務大輔、酒井左衞門公、御馬先は、御小姓組段々の備五の…
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