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○井伊直孝陣代の事

卷之二十 第17話 · 段落 4 · NDL 1078984 324コマ L

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直孝は直政の二男にて、母は松平周防守康親の從者の女なり。直孝六つに成りし時、母の方より直政に送りけるを百姓の許に置かれけるが、十三の時民家に盜の入りて騷ぐを聞き駈出て、暗夜の事なるに、盜山へ登りけるを追懸けて、高股を切つて落されけり。斯くて人數多來りて盜をば打殺しぬ。直政に申せば呼び寄せて、冬の事なるに、北に向きたる座敷の雪の入る處に跪かせて置かれけり。雪膝を降埋めどもちつとも動かず。直政悅んで呼び人れられ1、犬の子を與へられけり。十四の時直政病重くて死に及ぶ時、その生先やしるかりけん、麾に甲を添へて形見に與へらる。直孝は上州にて一萬石を賜はり、大番頭を命ぜらる。直政の長子父の跡を嗣ぐと雖も、多病にて公事勤勞し難しといへり。
  1. 誤植 — 底本「人」。振り仮名「い」から「入」の誤植か。
直孝暫く仰に任せず、先宿所に歸り、彥根の長臣を集め、仰せは云々なれども、各我下知に從ふべくば陣代を勤むべし。然らずば仰を固辭し申すべし、といへば、皆、爭でか下知に背くべき、と言ふを聞きて後、仰に任せて陣代仕り候べし、とぞ申されける。井伊の家に兵庫と言へる物師の年老たる有りしを、直孝呼出し、汝日比軍術に長ぜりと聞く。相傳ふべき事や有る、と問はるゝに、兵庫、年老候て今日を知らざる體、戰場に打出でざる事遺恨に候、とて懷より一卷の書を取出し、大將たる人志を決斷して、狐疑無く下知有るべきか、と問ふ。直孝聞きて、敎はいかにも、我思ふ處に他岐なく決斷すべし、と答へられければ、兵庫、臣が年比思慮せし處只是のみにて候。兩端を持して兵の道行はる可からず。外に申すべき言なし、とて其書を焚きけるとぞ。