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京都
本文表記 京・都・帝都・京師・京中・洛中・洛陽・平安・洛外
羽柴秀吉遠計を以て信玄を欺く事 卷之一 · 4
信長上京の事 卷之二 · 2
遠藤喜三郞三村家親を打つ事竝備前明禪寺合戰の事 卷之二 · 2
上杉謙信小田原へ攻め入られし事附上京の事 卷之二 · 3
信濃國川中島合戰の事 卷之二 · 1
- p02…に似たれば、九月十日戰有りし事疑ふべからず。上杉義春入道入菴京都に閑居して有りしが、徒然の餘り甲陽軍鑑を讀せて聞かれしに、事…
三好松永光源院義輝朝臣を弑する事 卷之三 · 1
- p01…永祿八年三好義繼、松永久秀、大和河內より京に打ち入り、五月十九日辰の刻、光源院殿の館を圍み亂れ入りけれ…
三好實休戰死の事附光忠の刀の事 卷之三 · 2
三井角右衞門生瀨平右衞門功名穿鑿の事 卷之三 · 1
- p01…戰に坂井右近が子久藏十六歲にて討死す。久藏は十二の時信長始て京に入りし比、近江北郡にて鎗を合せたる剛の者なり。三井角右衞門…
山內一豐馬を買はれし事 卷之四 · 2
勝賴の首穿鑿の事 卷之五 · 2
明智秀俊湖水を渡して坂本城に入る事 卷之五 · 1
- p01…打向ひ、秀吉と戰ひて敗北せり。秀俊安土を出て、光秀を救はんと京を指して進む處に、早や光秀討れたりと聞えしかば、坂本の城に入…
東照宮和泉國堺より御歸國の事 卷之五 · 1
- p01…守りて軍有らん、と仰せありて、森口に著かせ給ひし時、本多忠勝京都に御使に參りけるが、道にて變を聞き引返して來り、敵大勢にて候…
備前國福岡城合戰福井小次郞歌を遺して討死の事 卷之五 · 3
平松金次郞始末の事 卷之六 · 1
- p01…仕へしが、秀次に申して一萬石の祿にて招かれけり。平松是に約し京に赴く時、心易き朋友に暇乞して立ち去りけるを聞こし召し、追々…
榊原康政秀吉を誹りて札を立てられし事 卷之六 · 1
- p01…て婚姻の約有りける。始の使に康政を賜はるべし、と秀吉申されて京に上りしに、秀吉對面し、小牧にて札を立てたる時、汝が惡き首を…
秀吉東照宮に和を乞はれし事 卷之七 · 5
- p01…を與へ下總守になし、神戶の城主として三萬石の加祿し、其外數多都に妻子を置き、自ら人質と成り候ひぬ。種々の謀候へば、此度和睦…
- p01…して和平に及ばせ給ひけり。四月秀吉の妹濱松に御座まして、後に京に登らせ給ふ可き旨を秀吉請ひて、秀吉の母の大政所を質とせられ…
- p01…給ふ可き旨を秀吉請ひて、秀吉の母の大政所を質とせられしかば、都に登らせ給ふ可きに定りけり。長臣共、是は危き事なり。然る可か…
- p01…多し。去ども我も亦其備無からんや。秀吉不意に謀をなすならば、京都に火をかけ東寺に楯籠るべし。其時素より立て置きたる汝が組一萬…
- p01…て置きたる汝が組一萬を五百づつ二十に分ち、外に酒井榊原が今度京に上る供の外留置きたる兵一萬、是も二十に分ち、佐屋の渡を越え…
東照宮伊豆にて北條父子に御對面の事 卷之七 · 1
- p01…たりき。其時信玄二十七歲、謙信十八歲の時なり。夫より和平して京を指して上らんには、信長も吾も爭か支へ得べき。其故に兩方に使…
甲陽軍鑑虛妄多き事 卷之七 · 1
- p01…に、信玄氏康兩旗にて後援する事能はず。遙々と敵の中を旅行して京都に赴きたるも、勝れたる事ならずや。信玄は、謙信小田原へ攻め入…
高橋紹運討死の事附立花統增薩摩に囚るゝ事 卷之八 · 1
- p06…る根本の人なれば秋月に腹切らせ、薩州の兩將より、今度の弓箭は京都又豐州への遺恨に非ず。筑紫廣門が反心を糺明せん爲なり、と神文…
黑田家岐井谷合戰の事竝小川傳右衞門野村太郞兵衞岐井友房を斬る事 卷之九 · 1
- p03…り、と戒められけり。鹽屋善七郞といふ侍長政の近習に仕へしが、京に使に行き、此日の暮頃に歸りて長政の寢所に行き、今日の敗軍是…
關白宇都宮にて佐野天德寺と物語の事 卷之九 · 1
- p02…中を乞ひて、佐野の家を嗣んとすれども是を用ひず。了伯は夫より京都に赴き、黑谷に閑居せしを、秀吉北條を伐たるゝ時、嚮導とせられ…
秤御定の事附壹步金辨當挾箱始の事 卷之九 · 1
- p02…京に後藤德乘といふ彫刻師在り。東照宮關東御打入の後德乘が弟子を…
竹俣兼光の刀の事 卷之九 · 3
太閤勇氣大言の事 卷之九 · 1
- p01…豐臣秀吉朝鮮を征せんとて京師を發したる時、或人秀吉に謂ひて、彼の國に渡るに漢文を善する者…
馬場重介武功の事 卷之十 · 1
- p01…にて、備前邑久郡北地村に來り居しが、其後も安部といひけるに、京都より來りし馬場氏の人豐原に居て、其の女を妻として遂に馬場と稱…
伊達家の士卒異風出陣の事 卷之十 · 1
- p01…の士卒を引具し、天正十九年正月九日岩出山を打立ち、二月十三日京に著く。小西加藤は先陣たり。岐阜中納言秀信を始として關東の諸…
關白秀次公生害の事附吉田修理が事 卷之十一 · 1
- p01…定められん外他有らんや、と申す。熊谷、此謀尤さる事なれども、帝都の騷ぎとならん事其恐なきに非ず。又謀叛人と言はれんも口惜かる…
直江兼續が事 卷之十一 · 1
- p02…春雁似吾吾似雁洛陽城裏背花歸…
石田が黨東照宮を謀り奉らんとせし事 卷之十一 · 4
伏見落城の事附鳥居忠政雜賀孫市を饗されし事 卷之十四 · 1
- p01…逃散る者なく討死しけるとぞ。後元忠の首を大坂京橋に梟せしを、京の商人佐野四郞右衞門と云ふ者鳥居に親み有りしが、斯る忠義の人…
三刀谷監物田邊城に籠る事 卷之十四 · 1
- p01…和聞きて、石田、島津に叛かせ、內府を引附け軍を起させ、後にて京大坂を取り占めん謀こそ然るべけれ。德川家の領國其便よき會津に…
伊勢國阿濃津城軍の事附佐治縫殿が事 卷之十五 · 3
石田三成生捕らるゝ事 卷之十五 · 1
- p07…棄てざるは將の心とする所、和漢其例多し。更に恥辱に非ず。其儘京中を渡しなば、將たる者に恥を與ふる事吾恥なるべし、と仰せ有りて…
黑田如水豪氣の事 卷之十五 · 1
- p01…守なり、とぞ呟かれける。其後長政に筑前を賜はりければ、如水も京に上られけるに、諸國の大名如水の門に來りて市をなしけり。山名…
前田慶次が事 卷之十六 · 1
- p04…馬を裏門に引立てさせて置きたりしに打乘り、出奔しけるとぞ。又京にて夏の比馬を川入に遣りけり。馬取の腰に烏帽子を附けさせたり…
出羽國長谷堂合戰上泉主水討死の事 卷之十六 · 2
伊達上杉陸奧國松川合戰の事附永井善左衞門岡野左內が事 卷之十六 · 3
大久保忠隣忠直の事 卷之十八 · 3
加藤忠廣物語竝飯田覺兵衞が事 卷之十八 · 1
- p01…はれしは、主計頭に騙されて本意を失ひたるなり、と忠廣沒落の後京に引籠り、再仕を求めずして有りける時、語りけるとかや。…
佐々九郞兵衞經濟格論の事 卷之十八 · 1
- p01…ゝに、高次五百貫目を取次ぎて貸されんには、五百貫目は臣歸路に京にて借求めん。されども爰に一つの大切の事有り。幾度かくすとも…
井伊直孝衣服儉約の事附戰國の時質素なりし事 卷之十八 · 2
板倉重昌肥前國島原の賊追討の事竝周防守重宗先見の事 卷之十九 · 2
福島正則領國を召放さるゝ始末の事 卷之十九 · 2
板倉重宗京都所司代の事附板倉勝重器量の事 卷之二十 · 6
- p01…板倉周防守重宗京の所司代たりしが、江戶に下りける時松平信綱對面し、公方にも政…
- p01…戶に下りける時松平信綱對面し、公方にも政事に御心を盡され候。京都の事も委細に聞し召し度候。是より後は同職に差し越され候書狀、…
- p01…の事も委細に聞し召し度候。是より後は同職に差し越され候書狀、京都の事詳に記され候へ、と言ひしに、周防守、百二十里の行程隔たり…
- p01…御座しますとも、及び腰なる事は得知し召されじ。其故に周防守を京に指置かれ候事なれば、申上ぐるに及ばず、と答へたるを、偖は周…
- p02…の父を伊賀守勝重といふ。初は四郞右衞門とて祿五百石なりしに、京都の所司代を仰せ出され、二萬石賜はりけり。是は本多正信が薦め申…
- p02…に相同じ。人々、兄に勝りたる重昌なり、と賞め合へり。其後勝重京より江戶に下りし時、大猷院殿彼の訴の判斷の事詳に示させ給ひ、…
重宗訴訟を聞かれし心得の事 卷之二十 · 1
- p01…周防守重宗京都の職に有ること凡三十餘年、人敬ふ事神明の如く、愛する事父母に…
板倉重矩の事 卷之二十 · 2
大坂城中軍評定の事 卷之二十一 · 3
藤堂家合戰渡邊勘兵衞功名の事竝渡邊始末の事 卷之二十一 · 1
- p03…大音に申せば、高虎愈怒り憎まれし程に、了終に藤堂の家を去つて京都に赴き睡庵と號し、寬永年中まで存命居たりしとなり。…
渡邊內藏助が子城を落ちし事 卷之二十二 · 1
- p01…、且は乳母の忠義を感じ金二兩授けしかば、則ち彼小兒を乞ひ得て京都に赴き、南禪寺の喝食となしぬ。十八歲に及ぶ時、細川越中守忠興…
古田重勝滅亡大河內元綱先見の事 卷之二十二 · 2
石川重之功名竝隱遁の事 卷之二十二 · 4
土屋數直執政の事竝土屋忠直成立の事 卷之二十三 · 1
- p01…り。數直密に上京せられしを、親族家人相止めけれども聞入れず。京に著きて傍なる所に隱れ居けり。或時、云々の事を數直に謀らすべ…
中院通村公江戶にて和歌を詠給ひし事 卷之二十三 · 1
- p03…三年の逗留旅情さぞあらん。今は歸京候へ、と仰せ出されて、內府京都に歸られけり。…
永田治兵衞功名の事附樫井合戰の事 卷之二十三 · 1
- p02…ても功名し、瑞龍寺二の丸に先登し、度々武勇譽れ高かりければ、京都にて台德院殿御前へ召し出され、龜田が働類稀なり、とて御腰物を…
熊澤了介の略傳 卷之二十四 · 1
- p03…といふ和歌の心にて名附けしといへり。病により明曆三年祿を辭し京に赴く。其道を慕ひて門人となりし人々は、中院大納言通茂卿、同…
渡邊數馬報讐始末の事 卷之二十四 · 1
- p05…斯て又丹生の山田に歸り、明くる寬永十一年大猷院殿御上京により京都に赴き、方方尋ねけれども行會はず。又丹生の山田に歸り、其後又…
石井兄弟報讐の事 卷之二十五 · 3
越後浪人大井田監物の事 拾遺 卷之一 · 1
- p01…は德大寺大納言實規卿其外公家衆九人籠られ候。其の子細は、其頃京都大亂にて諸公家衆、皆模寄々々に國々に落ちらるゝ。德大寺殿は越…
上杉浪人門田造酒之丞物語の事 拾遺 卷之二 · 1
- p01…退き御旗本へ參り候へ。二萬石にて召出さるべし、と仰遣はされ、京にて下總守方へ備後守を呼びて上意の趣を申渡す。本多上野介正純…
家康公慶長五年七月會津御發向の事 拾遺 卷之四 · 1
- p01…仕かけ野合の一戰を遂げて、勝ち候はば後を追うて、江戶は扨置き都迄切て登るべし。負候はば士卒も諸共白川を枕にして討死仕るべく…
松前伊豆守用意の事 附錄 雨夜燈 · 2
名將たち質素にして下情に達せられし事 附錄 雨夜燈 · 1
- p01…べし。掃部頭かやうに質素なりけれども、彥根は、湖上より船にて都にゆくに便よかりしかば、太平の後は彥根の士ども大に驕り、風俗…
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