京極刑部少輔高知播州龍野を領せり。國用甚乏しかりければ公儀の事は堀田若狹守に計り、藤堂大學頭高次、高知の長臣岡七郞兵衞定次相加りて評議し、新參の士に年を限りて、永く暇を出すべしとの事なり。佐々九郞兵衞長光年老いぬれども思慮有る者とて呼ばれければ、江戶へ行き、藤堂、堀田に相會す。評議の始終書記して佐々に見するに、是は存寄らざる事なり。是非新參の面々に暇を出して、賑らざるを足さんとならば、祿多き者然るべし。斯く申す佐々一人が祿數十人より多し。流浪すともさのみ艱難にも及ばじ。小祿の人々は道路に乞食せん。是不仁の至りにて、行ふべき事にあらず。熟論ぜられよ、と諫む。佐々が思慮を問はるゝに、高次五百貫目を取次ぎて貸されんには、五百貫目は臣歸路に京にて借求めん。されども爰に一つの大切の事有り。幾度かくすとも、殿の能、舞妓、鷹狩屋敷の設、衣服、器物、萬事に費をなし、國の長臣其職に有る者、身構して有らば何の益か有らん。此諫言は外戚と言ひ大祿なれば、高次の任なるべし、といふにより、一座感じて佐々が言を用ひ、暇を出さるゝ者一人も無し。さて長光、定次に向ひて、此事を一旦評議に及ぶとも、國の長臣として猥に順從して一言も爭はず。不忠なり。世の國の長臣となる者其身の饒なるを省みず、尙貪る心より其主君に諛ふ。古より軍に臨みて死するは多く、諫めて席上に死する者は尠し。成し難きを成すを優れたりとす。何ぞ諫めて死せざるべき。大方財用の乏しきに及びて、他所の金銀を借求めて、忽ち困窮に至りては士の祿を剝取り、約束の詞を違へ、非義不道の事を申し行ふにも成りぬるぞかし。常に儉ならで足らざるに及びて俄に患ふる共、其本正しからずば、武備を全うせんと思へども爭で事よく成るべき。君臣とも國郡を盜み祿を竊むの凶賊なるに、其恥づべきを恥とせず、是非無き事ならずや。汝其職に居て斯る心無きは如何に、といへば、定次一言の答も無かりけり。