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○松野惣太郞前田權之助賞せらるゝ事

卷之十八 第26話 · 段落 1 · NDL 1078984 294コマ R

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賴宣卿馬を乘り給ひ、駈の中にて頭巾の風に落ちけるを、中に取つて又鞍に乘直り給ひしを、吉見喜右衞門といふ者、松野惣太郞といふ者に語りけり。折節賴宣卿馬場に御座しける時なるに、惣太郞聞きて、殿には未だ馬上は練れ給はぬなり、と言ひければ、賴宣卿、子細如何に、と尋ね給ふ。惣太郞、さん候。東照宮は海道一番の馬上の御名人と申奉りたると承り候。小田原陣の時、山道を武者押して過させ給ふ。丹羽長重、長谷川秀一、堀秀政峯筋を押しけるが、東照宮の御旗を見て皆々おし前を觀る。爰に一つの谷川の細橋有り。此橋へ行きかゝる人々、橋の下を皆步み涉りにす。東照宮馬上にて橋際へ著せ給ひしかば、三人の大將、聞ゆる馬上の達人の細橋を渡さるゝ見よ、と云ひ合へりけるに、馬より下り給ひ、御馬は遙の下イ上を口附四五人にて牽渡しけり。人々、是は如何に、と云ひけるを、彼三人の大將大に感じ、馬上の達人とは是をこそ言ふべけれ。馬上の達者は危き事はせぬものなり。殊に大事の軍を前に置きての事なれば、斯く有るべき事よと感じたりと承り傳へ候、と申しければ、賴宣卿熟と聞きて大に悅び、其詞を書きて硯箱に入れられけり。又前田權之介といふ士、或時賴宣卿へ言ひけるは、今朝獨思慮せる事の候ひしに、大將の一言程重き事は候ふまじ。千金にも人の命を替ふる者は有るまじきに、大將の一言により、忽命を露塵許も惜きとは存ずる事なきは、昔よりの事に候、と申しければ、兎角の詞無くて時服を與へ給ひぬ。