賴宣卿、紀州にて松江の西の庄といふ所にて鷹狩有りて、港に船を附け陸路を經給ひしに、折節舂きたる麥を筵に並べ、僅に路明きたりしかば、皆農民の年中の粮なるぞ。供の者蹈むべからず、と再三制して歸り給ひければ、百姓共悅び合へりしを、供なりし橫目の長臣の前に參りて、斯る次第に候、と申す。何れも感じ合ひけるに、水野淡路守重長一人、今日殿の御振舞こそ心得ね。斯る事故、下々の奴原殿の內冑を見て馬鹿にするぞとよ。殿の通らせ給はんには麥を脇へ引退け、水を打ちてこそ有るべきに、何ぞや麥を乾して通路を障る事奇怪なり。一國の主の仁はさは無きものなり、と言ひしを、賴宣卿聞き給ひければ、君も君たり臣も臣たり、と人々申しけり。