周防守重宗京都の職に有ること凡三十餘年、人敬ふ事神明の如く、愛する事父母に似たり。父子誠に同じ名臣とぞ聞えし。されば重宗は寵恩も殊に厚く從四位上に昇り、官左近衞少將に進まれけり。重宗職に任じて後每日決斷所に出づる時、西面の廊下にして、遙に伏し拜む事有りて決斷所に出で、此所に茶磨一つ据ゑ置き、明障子引きたてて其內に座し、手づから茶挽きて訟を聞く。人皆不審し合へりけるに、遙に年經て後問ふ人有りしに、重宗答へて、先決斷所に出づる時、西面の廊下にて遙に拜する事は、愛宕山の神を拜するなり。多くの神の中殊に愛宕は靈驗新なると聞きし程に、所願有りて斯くは拜しぬ。其所願は今日重宗が訴を斷らんに、心の及ぶ程私の事あらじ。若過りて私の事有らば、忽ち命を召され候へ。年頃深く賴み奉る上は、少も私心有らんには世に存命へさせ給ふな、と每日祈誓するにて候。又訴を別つ事の明ならぬは、我心の事に觸れて動くが故なりと思ひなしぬ。良き人は自ら動かざらん樣にこそあらめど、重宗夫までの事は及び難く、唯心の動くと靜かなるとを試るには、茶を挽きて知る。心定りて靜なる時は、手も夫に應じて磨の廻る事平にして、軋られて落つる所の茶如何にも細やかなり。茶の細やかに落つる時に至りて、我心も動かぬと知り、其後漸く訴を別つ。又明障子を隔てて訴を聞く事は、凡そ人の顏形に、打見るより憎さげなると憐ましきと有り。誠しき有り奸しき有り。其品多くして幾らと云ふ數を知らず。見る所の誠しきと思ふ人の言ふ事は眞實と聞かれ、奸しきと見ゆる人の爲す事は何事も皆僞と見ゆ。憐ましき人の訟は𢫛げられたる所有るかと思はれ、憎さげなる人の爭は僻事ならんと覺ゆ。是等の類は目に見る所に心の移されて、彼詞を出さぬうちに早我心の中に、邪ならん、正しからん、善からん、直ならんと思ひ定むる程に、訴の詞に及びては、我思ふ方に聞きなす事多し。訴のなるに至りては憐ましきに憎むべき有り。憎さげなるに憐なる有り。誠しきに詐有り。此類殊に多し。人の心の測り難き、形を以て定めん事叶ふ可からず。古の訴訟を聞くには色を以てすと言へ共、夫は重宗が及ぶ可きにあらず。又さらぬだに訴の庭に出でんは恐しかる可きに、まして生殺を司れる人を見てはいぶせくて、自言ふべき事をも得言はで、罪にも科にも遭ふ人有らん、と思へば、所詮互に面を見も見られもせぬに如じと思ひて、斯くは座を隔つるにてこそあれ、と答へられしとぞ。