關ヶ原の時、
大坂の舟手
村上彥右衞門、
菅平右衞門、
九月十二日の夜
桑名に著き、
十三日諸將に對面し、
安國寺に向ひて、味方陣所の體見及びたる所心得られず、といふ。
安國寺、吾もさこそ思ひ候へ。され共
關東者一人に
上方勢十人の積りなれば、四五日持ち堪へなんには必ず勝つべし、と答ふ。
村上、味方山どりの有樣高くとりあがり疎なり。戰ふべき色に非ずとて下り會ふ事も叶ひ難からん。東勢は物師故陣所厚く見ゆ。一兩日を過ぎずして合戰有らん。覺束無し、と言ひて歸りしが、果して計りし如し。
村上は、敗軍の時
阿濃津より
九鬼大隅守嘉隆の許に行き、夫より
上方に上りけり。