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○古の名將學問和歌を嗜まれし事竝酒和田喜六器量の事

附錄 雨夜燈 第9話 · 段落 23 · NDL 1078984 440コマ L

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太田持資後道灌と號す上杉の家老なり。鷹野に出て雨に逢ひ、百姓の家に入りて、簑を貸し候へ、と云はれしに、若き女物は何とも言はずして、山吹の花一枝折りて出しければ、花をくれよといふ事にてはなし、とて腹立てて歸られしに、是を聞きし人の、それは、
七重八重花は咲けども山吹のみのひとつだに無きぞ悲しき
と言へる古歌の心にて、簑なきと申す事を言はで知らせ申したるなり、と申しければ、持資駭きて、吾是ほどの事をさへ知らで、百姓の娘に劣れる事口惜し、とて其より書を讀み歌に志を寄せられけり。下總國へ軍を出す時、山涯の海邊に山上より石弓を張りたり。潮湛へたらば通り難かるべし。如何、と言ひし時、折節夜半なるに持資、いざ見て來らん、とて馬を乘出しけるが、其儘歸り、潮は干たり、とて軍を押通されけり。これは、
とほくなり近くなるみの濱千鳥なく音に潮の滿干をぞ知る
とよめる歌あり。それを思ひ出して、千鳥の聲遠く聞えたれば潮の干たるを知りたるとなり。又退口に利根川を渡す時、是も夜半にて暗さは暗し、何處か淺瀨なるべき、と口々に言ひけるに、持資、
そこひなき淵やはさわぐ山川の淺き瀨にこそあだ波はたて
とよめる歌あり。波の荒き所を渡せ、と下知して難なく淺瀨を渡りけり。されば昔より武將は必ず學問に心を寄せ、歌の道を知り給ひけり。奧州の合戰に、八幡太郞義家、安倍貞任、宗任を衣川の城に追詰め給ひし時、穢くも後を見する哉、物言はん、とて、
と附けたりければ、八幡殿はげたる箭を差外し給ひけるとぞ。かゝる烈しき所にて斯く附けける事、優にやさしき事なるべし。斯くて八幡殿上京の後宇治の關白殿に參りて、軍物語ありけるを、中納言匡房卿聞きて、器量はかしこけれども軍の道は知らず、とつぶやきけるを、八幡殿の郞等聞きて、憎き事を申され候、と八幡殿に申せしかば、八幡殿、子細あるべし、とて匡房の中納言車に乘られける處へ參りて會釋有りて、やがて弟子になりて學問し給ひけり。永保の合戰に八幡殿金澤の城を攻めらるゝ時、一行の雁の苅田の面におりんとしけるが、俄に驚き飛亂れけるを八幡殿御覽じて、馬を控へて、中納言殿に學問しけるに、兵法に鳥起者伏也といふ事あり。定めて伏兵在るべし、とて野の三方を取卷かれしかば、案の如く三百餘の伏兵居たりしを攻破られけり。八幡殿學問に心を寄せ給はずば、などか斯る事を知り給ふべき。右大將賴朝卿和歌に心を寄せ給ひ、近き年信玄、謙信兩人とも詩歌を好み給へり、蒲生飛驒守氏鄕は伊勢の松崎十二萬石より、奧州會津百萬石を太閤に拜領あり。奧州を切り靜めたる無雙の猛將なりけれども、極めて和歌をすき給へり。氏鄕の家に佐々木の鐙といへる名高き鐙ありけるを、細川越中守忠興所望ありけるに、家來共、是は名物にて候。別の似よりたる鐙進ぜられよ、と申しければ、氏鄕、
なき名ぞと人にはいひてやみなまし心の問はば如何答へん
もののふの上箭のかぶらひと筋におもふ心は神ぞしるらん
と詠みて神殿の大蛇を射て馬のすくみ直り、旣に討死すべき時、故鄕へ一首の歌を書附けて遣しけるに、
ふる鄕にこよひばかりの命とも知らでや人の我を待つらん
と詠みて忠義の爲に命を棄てし、皆文武の人と申すべし。大將ばかりにも非ず、名高き士は皆書を讀み學問し、和歌をも好き申しけり。梶原が一の谷にて、
物のふのとりつたへたる梓弓ひきては人のかへすものかは
秋かぜにくさ葉の露をはらはせて君がこゆれば關守もなし
と詠みけるとかや。總て學問して名高き勇士多し。文武は二つならず。詩歌を公家の玩物と思へるは無下に口惜しき事なり。近頃、大猷院樣、文武の聞えある士を陪臣の中より十七人撰み出させ給ひしに、永井信濃守の家臣酒和田喜六歌人にて、
芳野山花さくころの朝な朝なこころにかかる峯のしらくも
とよみける歌を聞し召し、是も又文の一事なり。喜六がすくやかなる事は內々聞し召されし、とて、彼の十七人の中へ酒和田をも入れさせ給ひけり。此酒和田華奢風流のみを心がくる人には非ず。林道春に聖賢の學問をも尋問ひけり。信濃守江戶の留守に家中勝手に迷惑して、喜六に願ひて金銀を借度きよしを言ひけり。喜六則ち信濃守に斯くとも申さで、藏の銀子千貫目貸與へければ、信濃守江戶より歸り大に腹立てて、貸すとも何とて我等には言はざるや。我儘に貸したる事不屆なり、と申されければ、喜六承り、されば其事に候。只今私を御叱りなされ候御志を存候故、申上げ候とても御聞屆御座有るまじと兼て存候。申上候て御聞屆無㆓御座㆒候に、押して貸し申事如何に御座候。又御趣意を守り申候て貸し不㆑申時は、御家中大に迷惑可㆑仕候。上方の商賈町人の銀を借りて過分の利を遣し、町人に利を取らせ候はば、無益の事に御座候。御藏の銀子を貯へ置きしは軍用公用の爲に御座候。御家中貧乏を救ひ人馬を減らさず、知行高の格を勤め申候事軍用の本に御座候。これ公方樣への御奉公と奉㆑存候へば、大なる公用に御座候。且又御藏の銀を取出し候へども、少しも減り申事無㆓御座㆒候。十年賦に申附け候間、十年の間に本の如く返辨仕候。是上に少の損もなく下には大なる益御座候て、御家中忝しと存ずるは上の大益に御座候故、假令私は咎を蒙るともと存申候。外に御用人は更に存ぜず、私一人の所爲に御座候間、いかやうとも罪に仰附けられ候へ、と申しければ、信濃守閉口致されけり。